見出し画像

リグーリアそぞろ歩きストーリー 第2話

10年前と、今、そして何十年後にも

主な登場人物:
真島汐美(ましま しおみ)(主人公)
真島幸生(ましまさちお)(汐美の夫)
真島幸輝(ましまこうき)(真島夫妻の息子)

待ちに待った約10年ぶりのイタリア旅行。わたしたち夫婦は結婚10年目の記念に、新婚旅行で訪れたチンクエテッレ、特にリオマッジョーレとマナローラを再訪するところなのだ。今回は、ずっと連れてきたかったひとり息子の幸輝(こうき)も一緒。
新婚旅行では、夫・幸生(さちお)の仕事の繁忙期を外すということで、シーズンオフの11月も半ば過ぎに訪れていた。イタリアでは11月頃は雨が多いとは聞いていたし、チンクエテッレのような海辺の観光地は、お店の多くも閉まっている可能性が高いとは言われたが、別の時季にするのは難しかったのだもの。そこは、昔から晴れ女のわたしに任せなさい!とばかりに、思い切って決めたのだ。そして、それは正解だった。わたしたちが、ジェノヴァからチンクエテッレに向かった日も雨が降る心配があり、折り畳み傘をバッグに携帯していたものの、着いてみたら、陽の光も美しく海に輝いていて、結局、一度も傘を開く必要さえなかったのだ。幸先のよいスタートではないか。
 
今回は、幸輝の春休みに合わせて旅程を組み、幸生にもなんとか日程を調整してもらった。
わたしと幸輝だけなら、夏休みでも良いのだけど、まずこれは結婚10年記念旅行なのだから、夫が一緒に来られなければ意味がないのだ。
 
「ママ、列車いつ降りるの?まだ?」
「うーん、もうちょっとかな。リオマッジョーレっていうところで降りるよ」
 
チンクエテッレは、5つの集落の総称で、ジェノヴァ側からモンテロッソ・ヴェルナッツァ・コルニーリア・マナローラ・リオマッジョーレと並んでいる。
前回の訪問では、シーズンオフということで船の運航時期から外れていたため、電車と徒歩で周った。リオマッジョーレからマナローラまでは、一般的な旅行者も海を眼下に眺めながらたやすく歩けるという海岸沿いの遊歩道「愛の小路」をふたりで散歩したことが今でも思い出に残っている。晩秋だというのに、あの時のキラキラとした海の色の美しさと言ったら、本当に来てよかった!と心から思ったものだ。
ただ、その後、「愛の小路」の途中で崖崩れがあったということで、しばらく通行止めになっており、今もマナローラ側から途中までは足を踏み入れることができるようにはなったものの、リオマッジョーレまでは、現在のところ、まだ「愛の小路」を通りぬけられない、とガイドブックで読んで、少し残念に思った。
でも、あの時には運航期間外だった遊覧船が3月末からは出ているということで、今回はリオマッジョーレまでは列車で行って、そこから船に乗船して、船上から「愛の小路」など陸地のパノラマを楽しみ、お隣のマナローラまでアクセスすることにした。乗り物好きの幸輝も、船に乗れることを楽しみにしているし、また以前とは異なった雰囲気を味わえるのではないかと、わたしも夫も実はワクワクしている。
 
「そろそろ、乗り過ごさないように、駅を確認していないと駄目じゃない?」
「そうだね。ここは…Cornigliaコルニーリア? 次の次で降りるよ」
 
リオマッジョーレの駅に着き、多くの乗客と一緒に、わたしたちも下車する。
4月の初めだと言うのに、すでに半袖でトレッキングをするような服装の人も見られる。髪や肌の色からすると、ヨーロッパでも北の方の国の人なのかなと思われる。また、問い合わせた旅行会社の中には「チンクエテッレはまだシーズン前ですね」と言われたところがあったが、いやいや、少なくとも以前に来た11月半ば過ぎに比べるまでもなく、人はすでに多く訪れていますよ。
 
現在、リオマッジョーレ側からは「愛の小路」には入れないとのことだけれど、階段を上って入り口のところまで行ってみた。たしかに、入り口の門は閉められていて鍵もかかっていたし、チケットを確認する係りの人もいなかった。でも、やっぱり海の色は綺麗!
その後、先ほど来た方向へ戻り、さらにトンネルになっている長い歩道を抜けて、村の中心、さらには、船の乗船場がある方向へ。色とりどりのカラフルな家々が連なる景色が見えてきて、気分も高まってくる。足場が危ないところもあるので、今にも走り出しそうな幸輝を引き止めつつ、乗船切符売り場の方へ向かう。それぞれの行き先の往復切符や何度か乗り降りできる切符があったけれど、わたしたちはお隣のマナローラまでの片道切符を購入。船に長く乗って色々な村を船上から眺めるのもいいかもしれないとも思ったのだけど、前に来た時に昼食を取ったマナローラのトラットリアの味が忘れられなくて、「あそこでまたランチしたいね」と幸生と話して、マナローラでの下船を決めていたのだ。「乗船時間の10分から15分前には、乗り場に来ていてね」と、切符売り場のおねえさんは言った。
それまで、写真を撮ったり、着いたばかりだけれど、幸輝がジェラート屋さんの看板を見て「アイス食べたい!」と言うので(……いや、実はわたしもだけど)、ジェラートを食べたりして時間を過ごした。カラフルな家々を背景に写真を交互に撮り合っていた若いアジア人のカップルと目が合い、彼の方が近づいてきて「一緒に撮ってもらえませんか?」と英語で依頼してきたので、専ら撮影専門の幸夫が「はーい、撮りますよ~!」と何枚か撮ってあげていたのを見ていたら、その若いカップルの様子が微笑ましくて、わたしも幸生とふたりで来た新婚旅行時の気分に引き戻された。
 
「時間、まだ大丈夫?」
「もう並んでおいた方がいいかもね」
 
すでに列になって並んでいる人たちを見て、その列に続く。わたしたちの後ろにも続々と人が並び始め、列はどんどん長くなっているけれど、はたして全員乗れるのだろうか?
しばらくすると、すでに人を乗せた船が近づいてくるのが見えた。下船する人の列が切れると、並んでいた列の前方からも順に乗船して行く。リオマジョーレ-マナローラ間はわずか10分の予定だが、幸生はパノラマ写真や動画を撮りたいのだし、幸輝も「2階がいい!」と言うので、わたしたちは船内の階段を上って、2階の屋外席を選んだ。少し風はあるけれど、それほど寒くはない。まだ紫外線が非常に強い夏ではないので、その点でも少しは安心。船が岩場を離れ、近くで見ていた建物群が全体的に見えてくると、また赴きが異なる。家々が連なるところを過ぎると、葡萄の段々畑の緑色のラインや海岸沿いの侵食が進んだ崖の様子が目に留まった。10年前に歩いた「愛の小路」も、船上から眺めるとまた別のもののように見えた。そして、10分という短い乗船時間は終わりにさしかかり、マナローラが見えてくる。ああ、でも短い間でも、船からの景色を堪能できてよかった。幸生が動画も撮っているので、日本に帰ってからもまたこの旅を思い出しながら楽しめそう。
マナローラに到着し、下船すると、すぐにレストランやお土産屋さんが並ぶ中心地に出た。しかも、昼食時に差し掛かっているということもあり、リオマッジョーレで目にした以上に人の行き交いが多い。団体旅行者のグループも多いようだ。色々な国の言語が耳にとびこんでくる。
 
「すごい人だよねぇ。前に来た時と、全然違うよ」
「そうだね。時季が違うもんねぇ。実は、あの時、わたしたちってすごく得していたんじゃない?」
「そう思う! ひとり占め、いや、ふたり占め…とまでは言わなくても、人もまばらで、雰囲気ものんびりしていたよなぁ。世界遺産をふたり占めって、そりゃあラッキーだったよね!」
 
人混みの通りを進みながら、わたしたちは目的のトラットリアへ向かう。そのお店は他のお店が固まって並んでいる中心地よりも坂を上っていった高台にあるので、誰も彼もが歩いていてふと見つけるという可能性は他のお店に比べればそれほど高くない。でも、地元の人にも評判で、旅行者の間でもインターネットで人気が広がっているため、突然行って席がないということも考えられ、またそうなったら頑張って坂を上った分、落胆度も高いだろうから、前もってホテルの方に昼食予約の電話を入れておいてもらった。
村の中心を抜け、道なりに坂を上っていくと石造りの教会が見えてきた。サン・ロレンツォ教会だそうだ。そのすぐ先の右側に家々に続く細い道があるが、トラットリアの案内表示が出ていた。
「ほら、もうすぐだよ」とふたりに知らせつつ、自分も元気づける。そこから100メートルほど進むとお店の旗が見えてきた。
「ここよ!ブォン・ジョルノ、12時半に3名で予約をしているマシマです」
トラットリアは右側の階段を下りたところにあるが、ちょうど上の小路に出て一服しているお店の人らしきおにいさんがいたので、声をかけてみた。
「Mashima・3人…はい、階段を下まで下りて。テラス席を用意したけど、それでいいかな?」
「はい、グラッツェ!」
前回来た時には、11月半ば過ぎということもあり、ブルーを基調とした海の近くのお店らしい雰囲気の店内席に案内されたのだが、今日は天侯も良く、テラスから広々とした海の眺めを楽しみながらの食事は気持ちがいい。カルパッチョにイカ墨のシーフードパスタ。ビリー風タリオリーニはこのお店のオリジナルメニューで、生パスタにプリップリの海老とパプリカのソースで和えたもの。あの時の美味しい記憶が新たに塗り替えられる幸せ。
「ママ、これお肉?」幸輝がマグロのグリルを一切れ口に入れると、少し考えるように聞いた。「お肉みたい?それね、お魚なのよ。マグロ」
「えっ?これマグロなの?すごーい、お肉のステーキみたいだよ!」
幸輝はお魚も食べるけれど、やはりそのぐらいの年齢の子どもらしくお肉大好きなのだ。
チンクエテッレというこの土地の名の白ワインで喉を潤しながら、幸生と一緒に、幸輝を連れてもう一度訪れることができた嬉しさをしみじみと味わった。
 
「お食事はどう?足りないものはないかな?」とお店の人が声をかけてくれた。
「ええ、問題ないです。どれもみんな美味しいです!10年前と変わらずに。わたしたち、10年前にも新婚旅行でチンクエテッレに来て、このお店でお食事したんですよ!」
「へえ、それはいいね!じゃあ、今回はお祝い記念の旅かい?アウグーリ!おめでとう」
「グラッツェ・ミッレ!」
ノリの良いイタリア人の店員さんにお祝いの言葉をかけてもらい、ますます幸せな気分が胸にひたひたと広がり、思わず顔がほころんだ。
「よし、汐美(しおみ)、また何十年後かに、じいさんばあさんになった時にでもまた来るか?」
「えーっ、さっちゃん、じいさんばあさんになった頃って、随分、先過ぎるよ!もう少し早く、またイタリアに来ようよ!」
 
わたしは笑いながらも、おじいさんとおばあさんになった幸生とわたしが再びこの地を訪れる様子を想像するのだった。

#創作大賞2023


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?