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栗を読んでみよう

栗屋大賞2019「栗のエッセイ部門」を読んだ感想をまとめてみました。

栗屋大賞については、以下のサイトをご覧ください。

そして、その栗屋大賞「栗のエッセイ部門」の本文はこちらから。サイトには、一次審査を通過した作品が掲載されています。レシピ、写真、イラスト、そしてエッセイの部がすべて掲載されています。

以下、感想文にはネタバレが含まれていますので、ご注意ください。

仇討ち?!

厳しかったお母さんとの思い出をひもとき、新聞紙に乗らず食べられるようになったことは、大人になったこと、そして自由になったことの象徴のようでもある。

栗が昔から愛され、さらに色々な場面で食べられているのだと分かる作品だ。仇討ちと言うと怖いけれど、栗の実には母の愛が詰まっていたのだ。

時代が変わっても、栗のおいしさは変わらない。
むしろ増えているうれしさ。
そして、栗が好きでいることへの喜びのようなものを感じた。
人が多く出てくる文章は、客観性がでてくる感じがして、説得力が増す。


正月の戦い

栗きんとんは栗好きの入門編のような食べ物だと思う。明らかに甘味に分類される味わいなのに、それはお節料理に入ると、とたんに「金運に恵まれますように」などと意味付けされて、立派な料理となって重箱に鎮座している。

思い出の料理を再び食べたときに、過去の思い出がふと蘇ることがある。その感動は、それぞれの人に経験があることかもしれない。

こどもだった自分が、親となって実家を訪れたとき、実家の風景が、少し変わっていることがある。僕の場合、子が駆け回るその部屋が、とても小さく見えるのだ。そんな寂しさのようなものを表現しつつ、甘く優しい栗きんとんの存在が鮮やかに描かれている。


さくら先生

独特な文体だけれど、夫と妻とのたわいないやりとりが、緻密に描かれていて、ふっと安心できる雰囲気がある。個人的には、心の中の声と、実際の会話の声の区別がややつきにくかったが、生徒歴を重ねる夫が、とても穏やかで優しい視点の持ち主であることが想像できる。

この話には「栗が好き」という表現がないことに驚く。それは、このエッセイたちの中では異質であるけれども、栗の登場シーンや、文末の表現には心を掴まれる。気持ちがこもっている。

日常のふとした時間の、大切な人とのたわいない会話。
それが幸せなのかも知れないと気づかされる作品。


チイキをつなげるケーキ。

栗の話ではない、モンブランの話だ。地域の店のモンブランを食べ比べたい、という気持ちが結実し、多くの人を巻き込んだイベントになっている楽しさが伝わる。

自分だけが好きだったわけではない、という発見は友を得たような、心強さになることで、友を含めた地域への愛着が深まるのではないか。

好きな物を分かち会える幸せを地域で実現すること、当たり前のような難しいような。作者の抑えた文章の最後には、モンブランへの想いが爆発し、ラブレターのようにちょっと恥ずかしくなる。


笑顔の香り

好きの表現が豊かで、どの料理も母の愛情を感じられるものばかり。母の優しさを感じる作品だった。嫌いなものほど、反動で好きになるような印象があるが、栗もそんな存在でありうる。淡い味、手間のかかる下拵え、虫との遭遇など。

口の中で広がる香り、読み手がしっかりと想像できる描写がすばらしい。栗が好きな読者が読んでいるのだから、多くの人が共感するような話だと思う。栗は、淡いからこそ脇役として、様々な場面で使われているのではないか。しかし、思い出の味は強烈で、温かい。

◆ ◆ ◆

実は、すでに「チイキをつなげるケーキ」というタイトルで、記事を投稿しています。エッセイの部門に応募した作品が、このたび一次審査を通過したということで投稿したものです。ぜひ読んでいただけると嬉しいです。

栗屋大賞は、3月16日まで、ほかの部門も含め投票を行っています。
会員登録が必要となり少々面倒ですが、栗が好きな、エッセイが好きな方の応援があると、嬉しいです。

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また読んでくださいね!
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神奈川県川崎市生まれ。引越し屋さんから転職し公務員に。東京都稲城市で暮らしています。家族は妻と娘2人(2015年出生、2019年出生)。趣味はキッシュを焼くこと。好きなものは、野菜、モンブラン、ひとりたび。
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