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旅にもつ2020・2019

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旅する日本語2020、2019のために書いたもの。初めてのショートストーリーの創作。
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#催花雨

傘事情

嘘だ、信じられない・・ この傘を持って出たのに、雨に降られるなんて。この傘を買って以来、使ったことがない、魔法のような傘だったのに。 僕は、折畳傘が苦手なんだ。きみは、いつも「オリタタミじゃないほうの傘」と言っているけれど、僕は知っている。それを棒傘と呼ぶことを。 両手で引いて傘を開く。骨と布とが引っ張り合って、少しだけ軋む。新しい布に当たった雨は、コロコロと転がりながら落ちる。 本を読みたくて手袋を外すと、雨粒が手のひらに落ちてきた。 あれ、あんまり冷たくない。

贈り主

「梨で、ご飯が食べられるくらい好き」酔った勢いで言った気がした。 先生は、聞き逃さなかった。 それ以来ずっと、秋の始まりに、梨を送ってくれた。先生の地元は、とても甘くて大きな梨が穫れる東京都の西部。 去年の冬、転勤が決まって便りを出した。梨の御礼と、次の秋への期待も込めて。 返事が来た。 先生は、ほんの数ヶ月前にこの世を卒業したらしい。驚きと悲しみが押し寄せ、泣いた。 「桜の時期に、梨も咲くんだ。梨は背が低いから、雪景色みたいだぞ」 先生の笑顔を思い出した。