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不可解なプレゼント

吾輩はカフェにいる。
ショッピングモールの中にあるオシャレなカフェに座ってカプチーノを飲んでいる。
吾輩はカプチーノの上の泡立ったミルクがスキだ。上品できめ細かいその泡をズズーっと下品な音を出しながらすするのがたまらない。
苦味の強いエスプレッソと泡状の甘いミルクが混ざり合って絶妙な味わい。幸せが凝縮されているんだろうか、飲むと心のコリもほぐされていく。

吾輩はオシャレなカフェで持参したクロームブックのキーボードを叩いている。
いや、キーボードを叩いているふりをして、行き交う人々をこっそり観察をしている。
笑顔で語らう家族連れ、ヘッドフォンをして己の世界を歩く若者、学校はどうした?という年齢の子ども達。そんな中でも吾輩が関心を寄せているのは夫婦やカップル達だ。
彼らはお互いをわかり合っているんだろうか。

吾輩はオシャレなカフェで物思いにふけっている。
夫という生き物について思考を巡らせている。私達夫婦はもう20年以上一緒にいる。
親友、恋人、夫婦たまに親子と様々な関係性を持っている。どんなことも話し合えるし、人生に起こった困難の数々も協力して乗り越えてきた。
だから夫のことならだいたい理解しているつもりだけれど。それは幻想なのかもしれない。

吾輩はオシャレなカフェで虚ろな目をクロームブックに向けている。
心を落ち着かせてくれるピアノのBGMが流れているのに、なぜだろう、吾輩の心は一向に穏やかにはならない。
それはきっと吾輩が見つめているクロームブックに保存されている写真のせいだろう。
夫から毎年送られる誕生日プレゼントの写真だ。

グリーンのサリー(インドの民族衣装)
ガネーシャ(インドの神様)がプリントされたオレンジ色のティシャツ
水墨画(トラの絵)のうちわ
木刀
ゴッホ・月星夜がプリントされたポーチ
夏目漱石の本
ねずみの風鈴
など。

私のスキを置き去りにしたプレゼントたち。
湧いてくる疑問を抑えるのは不可能だろう。

なぜ木刀?
なぜインドの民族衣装?
なぜガネーシャ?
脳内で反芻される疑問。
まさかヒンドゥー教への入信を促されているのだろうか。

吾輩はオシャレなカフェで過去を回想している。
7月は吾輩の誕生日があった。
長男&次男がチョコレートケーキを作ってくれた。娘は吾輩が欲しがっていたキャンドルとスリッパをプレゼントしてくれた。手足が冷える〜と言っていた言葉を覚えていてくれたのだろう。

夫にはだいぶ前からプレゼントはお断りするとハッキリ伝えたあった。
ケーキを食べ終えた後、夫が家族で書いた誕生日カードを手渡そうとしてきた。
夫の手元を見たがプレゼントは無さそうだった。安堵した吾輩は喜んでカードを受け取った。それと同時に手に違和感を感じた。
裏側がゴツゴツしている。
誕生日カードに下に隠れるように、はがきサイズの何かがあった。
裏側に隠されていたそれは、しっかりと包装されていた。
残念ながらプレゼントだ。

ラッピングペーパーを破いていく。
丸肌になったそれは、なんと

かいわれ大根の種だった。

なぜ?

なぜ、かいわれ大根。

なぜ種。

「なんでかいわれ?」そう尋ねた吾輩に夫が答える。
「なんかビビビときたんだよね」。
ビビビって・・・。ビビビ婚のビビビだろうか。古すぎるだろ、その言葉。

まあ、つまり選んだ理由もクソもないってことか。
何となく直感的にかいわれ大根、ってか。
納得がいかない。

吾輩はオシャレなカフェでカプチーノをすするただの中年。
物欲もこれといってなく、人生に高望みは何もしていない。

吾輩はカプチーノを飲み終えたただの中年。
夫に不信感をいだいた。それだけのこと。

カプチーノよ、吾輩が君をすすってごめんなさい。かいわれ大根の吾輩とオシャレな貴方は釣り合わない。

そう、吾輩はカプチーノが似合わない可哀想な女。
名前はかいわれ大根。

今年も吾輩の歳が一つ増え、夫への愛情が一つ減った。

それだけのこと。



※ ちなみに長男はタコと猫のぬいぐるみを、次男は黒い犬のぬいぐるみをプレゼントしてくれた。
もちろん私にぬいぐるみを集める趣味はない。
遺伝、だろうか。




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