癖 短編小説


 九月の初旬、夏の暑さは八月から変わらず、気温も日常も変わらないことに私は少しの苛立ちを覚えていた。商店街をあてもなく歩いていると通りかかった小さな女の子は私の腕を指しながら
「お姉さんの腕白いね」とお母さんに告げ口した。私は咄嗟にその子のお母さんを見てしまったので目があった。困惑した表情をするお母さんを見て、視線を女の子に移すと純粋な目がそこにはあった。何か言わないといけないといけないが相手は小学生くらいの子供だ。言い返す訳ではない、変な空気にならないよう何か言おうと思ったが結局何も言い返せずに親子はそのまま歩いていってしまった。
小さな女の子に言われた一言は大きな衝撃ではないのだけれど、小さな痛みがずっと続いていくようで私の中に大きな傷跡を残した。私の腕は確かに白い、そしてそれは生まれながらのものではなく私が自分で作ってきた傷の跡なのだ。
 先ほどの小さな女の子の件はもうしょうがないと割り切って歩こうとすると年齢も名前も知らないお婆さんが「さっきのはないよね」と話してきた。
「はい、ないと思います」と私は思わず笑って返した。辛い時、話しかけられると笑ってしまうのは昔からの癖だが今回はおばさんの遠慮のないストレートな言い方に笑ってしまった。
「あなた、随分素直な人だね」
「はじめて、言われました」また、笑って返す。おばさんは真顔だ。
「人間は元々素直なんだけどね、生きている内に代わってしまうんだよ」
何が言いたいのかよく分からないなと思いながらも会話を続けることにした。「変わるのは悪い事でもないんじゃないですか。生きていくには仕方なく変わるしかなかったこともあるし」おばさんはさっきからの真顔のまま話続ける。
「その腕の跡はあなたが変わる為に必要だったことなの?さっきの女の子の素直な感想は悪いことなの?」
「何が言いたいんですか」おばさんの言いたいことが見えてこずイライラしてきた。
「変わることも、変わらないことも悪いってことだよ」
「意味が分かりません」
「よく考えて生きな」おばさんはそう言って商店街を後にした。

 よく考えて生きるその生き方をおばさんは教えてくれなかったが、今日は腕に跡をつけなくて済みそうだなと思いながら私も商店街を後にした。
 


 


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