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トキワシノブ ~とある夫婦と鉢植え~



我が家にはトキワシノブの鉢がある。


結婚した時、近くのホームセンターで売られていた小さな鉢。葉の伸び方と根茎のモサモサが可愛く見え、すぐ買ってきた気がする。

数年して、どう見ても鉢がキツそうだったので、少しだけ大きい鉢に植え替えし、それからは何年もそのままにしていた。鉢を大きくするとどんどん大きくなるのが植物なので、そのままにしていた。

でも、放置していた訳ではない。
水をやり、枯れた葉はむしり、日は当たれど直接の風雨は当たらないベランダの部屋側。

そこが定位置だった。


10年経った頃、葉の繁りが悪くなり始め、新たな葉も出なくなってきた。モサモサしていた根茎もどんどん減り、痩せていく一方だった。

 もうダメなのかな


そう、感じていた。

その頃、我が家の夫婦間の空気も枯れ始めていた。どんよりとした鉛のような閉塞感と、刺々しい殺伐とした空気が、入り交じって立ち込めていた。
何年にも渡る些細なことの積み重ねが限界近くに来ており、爆発寸前だった。帰っても何もしない夫に嫌気が差し、常に不機嫌な私。そんな私の態度に不機嫌になり、つまらないことにまでケチをつけるだけの夫。口だけで何もしない姿をますます不快に思う私。

完全に負のループだった。

そうこうしているある日、トキワシノブの最後の葉が枯れた。


私はベランダの窓を開け、立ったまま、その鉢を眺めていた。

 さて、どうしよう


私は考えていた。

枯れてしまったものは、元には戻らない。それでも、10年もなんだかんだと育ってくれた物言わぬトキワシノブが枯れたのは、仲間が居なくなったようで寂しかったのだ。

そして、このトキワシノブが弱ったことと、私達夫婦がギクシャクしていった事が、どうしてもリンクしているとしか思えなかったのだった。

 どうしようか


しばらく鉢を片付けることもせず、考える日々が続いた。

そしてその時

 トキワシノブを買えば夫婦仲が戻る


直感的に、そう感じていた。
バカらしいと思われるかもしれないしオカルト甚だしいが、そんな確信があったのだ。
たかが植物、されど植物。何故かこのトキワシノブという植物が、我が家のバロメーターのような気がしていた。

買えば戻る。じゃあ、買わなければ、、、?



結局私は、買うことを決めた。

夫の事は別に心底嫌いではない。ただ、もう少し自分も日々の生活の一員として、"家庭"の一員として、自分の時間としてばかり過ごさず何かをして欲しいだけなのだ。

お呼ばれしている客ではなく、一員。構成要素。
もし、このトキワシノブに力があるのなら、次は、私のその願い少しも聞いてもらおう、そう思っていた。


そして私のトキワシノブ探しが始まった。

がしかし、先代のトキワシノブが弱りだした頃からちょこちょこ見ていたが、ここ数年、連日立ち寄ることもあったそのホームセンターで、トキワシノブが入荷されているところを見かけた記憶はなかった。

即ネット通販も見たが、大きく育ったものが欲しいわけでもなく、 また、苔玉のような洒落たものが欲しいわけでもなかったので、チラ見ですぐ閉じた。
別のホームセンターにも行ってみたが、そもそもそういう植物は少なく、野菜の苗ばかりだった。

欲しくなるとどうしても欲しい。
それが私だ。

まだ早く帰れていたその頃の私は、帰る道すがらなこともあり、いつものホームセンターに毎日顔を出していた。

そして、その日は突然やってきた。
小さなポットで、青々とした小さなトキワシノブが売られていた。名札はラビットフット、と札をつけられていた。

いくつかあるポットの中からひとつを選び、いつも元気な店員さんと一言二言話して、その小さな鉢を連れて帰った。

しばらくは買ったそのままで水をやり、少し大きくなったところで、鉢を植え替えた。

その頃になると、私も元会社を辞め、それを機に時短もやめて、フルタイムで働くことを決めていた。

少し前の、職探しをする時点で夫には、会社の規模で結局社会保険に入らなければならなくなること、扶養内に納めてたら生活が成り立たないこと、今の会社でフルタイムになっても正社員にしてもらえないことも話し、この際、他のところでフルタイムで働くことを認めてもらおうとしていた。最初はかなり渋っていた。

いつもなら、ここで面倒になって説得をやめてきた私だが、今回ばかりは引く気がなかった。

 どうせ外れなきゃ行けない日が来るよ


それ自体は私のせいではないのに、法改正に対しての文句を私に言ってきた。怒りをぶつけられたところでどうなるわけでもなく、頭に来た私は

それは私のせい?


と、言い返していた。そこではたと気付いたのか、対しての文句、から、そう思わないか?の同調へと変わっていた。


しばらくして、職を探している私に

大変になるだろうから、米は俺が炊く


と、ポツリと言ってきた。

私は驚いたと同時に、やっとかーという思いと、意外に強行すると付いてくるのね、という発見と嬉しさで、いつもは何故か素直に言えない

ありがとう


を笑顔で返せた。


それからは面接したり法律相談に行ったりなんだりと忙しく、就職したらしたで初日の失態プラス風変わりな会社のおかげ?で、私の精神的にはガタガタになったのだけれど、それはまた別の話にでも。そこにも、不思議な予感?ジンクス?が発動しているから。靴は、2足買っちゃいけないんだよ。

とにかく、夫婦仲は前より穏やかになった。

あわよくば、夕飯も少し作れるようになって欲しいけど。まあ、いいか。

最近は慣れてきて、また、だらしなくなってきてるけれど。それでも、以前のような険悪さは無い。少なくとも、まだ、二人三脚は出来ている。

私も私で次の職へ行こうとしてるけれど、そしたら、また、何か変わるだろうか。およそ2ヶ月前、泣きながら会社での理不尽を話す私に 泣くなよ、泣いてどーなる!と言った夫。今はどちらかというと会社の文句ばかり言っている私に呆れているようだけれど、泣いてるよりはいいらしい。

私も私で、勤めるなら夫と休みの合うところでなければ、夏の帰省はこの先ずっと叶わなくなる。その事実に愕然とし、それも含めて新たに職探ししていることは、ちょうどさっき言った。



なにより、我が家のトキワシノブはとても元気だ。

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~あとがき~

というかなんというか、余談。

トキワシノブの別称、ラビットフット。実はアメリカやイギリスなどでは、主にウサギの後ろ足に不思議な力が宿るとされ、お守りになってたりするそうです。今はイミテーションで、ヒッチハイカーに人気があるとか。

そうなると、植物の方のラビットフットにも何かしら力があってもおかしくないよなぁ、と個人的に思った次第です。


ちなみに花言葉は「魅惑的」「愛嬌」。

皆さんも、お家に一鉢いかがでしょうか(笑)。可愛いもんですよ。


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