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数にとらわれない

数は、力がある。

たとえば、いいねの数。

フォロワーの数。

PVの数。


数が、おおいと、それだけ注目をされている、指標になる。


けれど、数にとらわれてしまうと、どうしても、苦しくなってしまう。


いいねのリアクションが、すくなければ、じぶんの文章は、ダメなんだと、過剰に思い込んでしまう。

だから、いいねが、おおくなるように、じぶんの表現したいものとは、ちがうものを書いてしまうかたもいる。


ぼくも、以前は、悩んでいた。

反応が、ないと、じぶんの文章は、求められていないんだ、と思い込んでしまう。

そして、反応が、ある文章を、書こうと、じぶんが書きたいものとは、べつのものを、書こうとする。

果たして、それが、ぼくの、やりたいことだろうか。


フォロワーの数が、気になってくると、増えるよりも、減ることのほうが、気になってしまう。


フォロワーが、減ってしまうのは、じぶんの文章に、興味がなくなった。

ただ、それだけ。


それは、しかたのないこと。

相手が、決めること。


なのに、離れていったかたのことを、いつまでも、気にしてしまって、本当の目的である、書くということ自体が、嫌になってしまう。


ぼくは、もう一度、数、というものに、向き合うことにした。


ぼくにとって、数とは、大切だろうか。

たしかに、数は、力があって、いろいろな指標になる。


じぶんが、どれだけ、応援されているか、わかることも、ある。

けれど、数が、本質だろうか。


数が、おおければ、応援されているのだろうか。


ちがう。

数が、おおくても、応援しているとは、限らない。

ただ、数が、おおいだけ。

そういうかたも、いる。


数だけ、おおくても、見栄えは、いいかもしれない。

けれど、本質的には、ゼロに近いのと、同じこと。


だからこそ、数が、本質ではない。


そこに、交流が、生まれて。

やりとりが、あって。

つながりが、できる。


それが、本質。

ひとりでも。

ぼくのことを、見てくれているかたがいるのなら、ぼくは、まいにち、言葉を届けよう、と思う。

声を、届けようと、思う。


その、積みひろげが、ぼくの世界を、ひろげていく。


いま、数と向き合って、本質を、見ることができた。

だから、数にとらわれない生き方を、いまから、やっていく。


数に踊らされ。

反応にかきまわされ。

増減に一喜一憂する。


その生き方を、卒業しよう、と思う。


数を、否定するつもりはない。

けれど、数が、すべてだとは、思わない。


本質を、見失わないように。

ぼくは、ぼくの届けたいものを、届けていこう。


ここまで、あなたの貴重なじかんを、つかって読んでくれて、ありがとうございます。



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