アラサーでいけてた私、最強パイロットから言われた痛烈なひと言

成就しない片思い、玉砕した告白、恋人に切り出される別れ。形は違えど、失恋はいずれも悲しく辛いものだ。

しかし、付き合ってない、もしくは告白したわけでもないのに先回りしてフラれるに勝るイタイ失恋はあるだろうか?私はこれを、結婚に焦っていた30代中盤で食らった。

ゴリゴリに着飾って毎晩バーに現れるアラサー

20代後半から30代にかけて、私はとあるバーに入り浸っていた。女性ひとりでも入りやすい雰囲気かつ、店主と仲良くしてもらっていたことで、仕事帰りにちょっと一杯……とついつい足が向いてしまっていたのだ。

全盛期は誇張なしに週6回通っていた。いつ行っても同性の親友や顔なじみの常連客がいて、とにかく居心地がよかったのも通い詰めた理由のひとつではある。それがいつの頃からか、男女の出逢いを求めるようになっていった。

私はいつ運命の出逢いがあってもいいよう、毎日が勝負デーのような服装と化粧をした。下手したら勝負下着までつけて。

夜な夜なバーに張り込み、訪れた男性客の指輪の有無や話している内容で独身であることを察知するや、グイグイと逆ナンを仕掛ける日々。当時のガッツと行動力と愛嬌があれば、どんな営業職でもナンバーワンになれたのではないかと思う。

合コンで惨敗する日々

こうして営業をしかけていると、実際に男性と出逢う機会に恵まれた。逆ナンが功をなしてデートに持ち込めることもあれば、常連客に紹介してもらった合コンに参加することもあった。出会いのチャンスは少なく見積もって10回はあったと思う。

しかしながらことごとく惨敗だった。

私は毎回これでもかと着飾って、厚めの化粧にゴテゴテのネイル、耳たぶが伸びるほどの特大ピアスをつけて臨んだが、2度目の誘いはなかった。目立とうとすればするほど、ふわりと引かれているのがわかっていたが、自分で自分を止められなかった。失敗するたび、次こそは…とムキになった。

自分がいない間にステキな独身男性が現れるんじゃないかという強迫観念に取り憑かれ、本当に毎日毎日バーに通った。

惨敗した合コンやデートの後、その足で次の出会いを求めて通うことすらあった。

勘違いアラサー、暴走する

いつも通り「今日はパーティですか?」という気合い入りまくりの格好でバーのドアを開けたある日のこと、妙齢の男子数名がカウンターに座っていた。

男性たちは自衛官だった。

バーの近くには自衛隊の関連施設があったのだが、いつの頃からかそこに勤務する(もしくは出張で訪れた)自衛官たちが度々バーを訪れていたのだ。

私はバーに通ううちに複数の自衛隊員と知り合いになり、自衛隊の装備品に興味を持つようになっていて、数年経つ頃には、ちょっとした自衛隊オタクとなっていた。

カウンターの男たちにも自衛官というだけで勝手に親近感を抱き、逆ナンとはまた違う、本気の興味で話しかけた。

自衛官は結婚が早い。

みんな20歳そこそこで結婚して、同年齢の30代ともなれば子どものひとりや2人いる立派な父親だ。バーに来る自衛官もほとんどが既婚者だったが、私がその日話しかけた男たちはたまたま全員が独身だった。

とてもノリがよく、こちらが積極的に押さなくても会話が弾んだ。彼らと親しくなり、それから何度か一緒に飲みに行ったり、カラオケに行ったり、私の女友達を呼んでバーベキューをしたりと、親密になった。自衛官ときたらめちゃくちゃタフで、とにかくよく飲んだ。

そんな中、私はひそかにひとりの男性が気になっていた。

「気になっていた」のではない。男たちをイヤらしく値踏みしてこのワタシに最も釣り合うのは誰か品定めしていたのだ。

気になっていた男は"悪くない"男だった。顔や服装は特別タイプではなかったが、性格が良さそうで、離婚歴もない(当時はなぜか初婚にこだわっていた)。

何より、私の憧れの職種ナンバーワンであるパイロットだった

私はグループで遊びながらも、その男を常に目の端で追った。まともな女友達が常識的な時間帯で帰宅する中、私だけは二次会、三次会、カラオケ…からの朝帰りと、どこまでもとことん付き合った。アラサーでよくもまあ、週に何度も明け方まで飲み明かし、仕事をしていたものだ。

男は温和で寡黙だった。そんな男に私は浮かれた格好でチャラチャラとまとわりつき、無邪気な女の子のように振る舞った。毎日、他愛もないメールをした。普段出会いのない自衛官だ。明るく積極的に攻めればイケると思っていたのだ。

「ワイルドすぎて無理」

ある時ついに、男から2人きりで夕食に誘われた。

そらきた! 私は舞い上がった。告白される確信。「少し考えさせて」ともったいぶるところまでシミュレーションした。

食べたいものを聞かれたので、私は美味しくてあまり値がはらない焼肉屋をリクエストした。

デート当日、焼肉屋にまったくふさわしくないヒラヒラの白いスカートに華奢なヒールのパンプスを履いた私の前に……

「今、富士山から下山してきました?」的なラフな服装の男が現れた。聞けば男は本当にどこかでハイキングしてきた帰りだった。

山帰りの足でデートに来るか……?

一抹の不安を抱えながら、予約していた焼肉屋に2人で入り、カウンターに並んで座った。

とりあえずビールを…と生ジョッキを2つ注文し、「何食べようか?」などとテンション高めにメニューをめくった私に、男は唐突に言った。



「俺、カヌレちゃんとは友達でいたい」



何を言われているのか理解できないまま男の横顔を凝視すると、申し訳なさそうな、それでも断固言い聞かせるような口調と表情でタバコを吸っていた。


「ワイルドすぎて無理。ついていけない」


苦笑いしながらの追撃のひと言が放たれたと同時に、カウンターに生ビールが2つ置かれた。

生ビールのジョッキが水滴でどんどん覆われていくのを眺めながら、私が今日呼び出されたのは告白なんかではなく、これ以上近づかないように牽制するためだったことを、静かに理解した。

理解すると同時に、これまでの自分の行いが猛烈に恥ずかしくなって気が狂いそうだった。しかしここで動揺やショックを悟られるのだけはプライドが許さない。

「あ、そうなんだー!いいじゃん友達!じゃあ乾杯ー!」

動揺を隠しすぎて挙動不審になりながら、無理やり乾杯してビールを流し込んだ。これまで味わったことのないヤケクソな味がした。

それから2人で一体何を話したのかまったく覚えてない。

感情を無にして焼肉とビールをひたすら流し込んだ私は、小一時間ほど経過したところで、「お腹いっぱいになっちゃったー!帰ろう!」と唐突に彼に告げて会計に向かった。

そしてぎこちない笑顔を貼り付けたまま無理やり解散したのだ。

この期に及んで、自由奔放な女の子のように振る舞いながら。

その後はバーに寄らなかった。ひとりになりたかったが、家に帰るのも嫌で、近場のドトールでアイスコーヒーを頼むことにした。

日本最強の男に「ワイルド」と言わしめた女のその後

コーヒーを飲みながら、今しがた起こったことを反芻していくうちに、憑き物が落ちるように冷静になっていく自分を感じた。

外でアルコール以外の飲み物を飲むのはずいぶん久しぶりだ。

冷たいアイスコーヒーはとんでもない劇薬だった。

これまで私が男の前でしでかしてきた恥ずかしい行いの数々……「今度カラオケでB'z歌って~」(色目)、ラーメンの汁が指に跳ねて「アッツ!やけどしたかも~」(上目遣い)……

これらが、蘇る蘇る!!!

のたうち回って叫び声をあげたかった。

神様、自己嫌悪と後悔で死ねるならいっそ殺してください。

男は自衛隊員だ。

自衛隊といえば専守防衛が鉄則だ。その基本的姿勢に則って速やかに状況を改善した男を目の前にして、私は安心して日本防衛を任せられると思った。

男はパイロットだ。

中でも、特に訓練が過酷で危険な戦闘機のパイロットで、つまり日本最強の男と言っても過言ではない。

そのような男からワイルドと言われた私って一体……。

キャッチコピーは「最強の男から恐れられた女」か。

などど、冷静な頭は変なことに考えがめぐり、ちょっと元気になってきた。

つうか、「ついていけない」ってなんだよ!お前らに紅一点のワタシがついて行ってやってたんじゃないかい!!!

私はアイスコーヒーを飲み干すと、いつものバーに繰り出した。