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カフェーの午後。

彼女は、街にひとつしかないカフェーのテラスで、
風に吹かれながら本を読んでいた。

彼女は、5ヶ月間働いていたしごとをやめて、
すっかりなにもやる気がでなくなっていたので、
しかたなしにカフェーで時間をもてあましていた。

なにしろ、朝9時から15時までいたので、
ゆっくりコーヒーをのみ、本を読み、ランチをたべ、うたた寝をし、また本を読んだら、
すっかりやることがなくなってきた。

「ひまね…」とこころの中でぼやきながら、
道ゆくカップルなどを眺めて、
なぜ人は人を好きになるのか、つきあおうと頑張って交渉が行われるのか、
その魅惑的な考えごとにふけっていった。

彼女はそもそも、人を好きになったことが
それほどないのであった。
それでも、ほんの数度だけ、彼女にもだれかが気になり、
いつの間にか気にならなくなる経験が、あるにはあった。

ケース1:ただの憧れか、緊張か。

彼女は7年前、ハイスクールの優秀な学生であった。
ティーチャーのいうことはなんでも聞くし、問題も起こさないので一目おかれていた。
しかしぼーっとして寡黙な性格からか、クラスメイトと交流することはほぼなかった。

彼女はそれを気にすることはなかったが、クラスメイトたちが楽しそうに笑ったり話したりしている姿をそっと見つめるのは、
とても好きであった。

彼は、クラスメイトの一人であり、
身長がたかく、落ちついていて、すこしだけ知的な印象のある人だった。

彼女はかっこいいとも、すてきだとも、
そう思わなかったが、なんとなく気になってみつめていた。
しかし、気になって見つめてみても、ただ緊張するだけであり、
それは彼をすてきだと思ったわけではなく、
そう思い込んでいるだけのような気もして、
すっかりばかばかしくなって、
なんともつまらなかったので、
本当に気のせいなのであった。

恋愛について憧れる年ごろの気になるは、
なんともあてにならなく、
なんともつまらなく、
なんともそれっぽくもならないのであった。

ただ、恋に憧れているようで、
かっこわるく、小っ恥ずかしく、
塩一粒くらいのにがさだけがのこった。

ケース2:黄色いひまわり

彼女は4年前、寡黙でだれとも距離をとる少女から、
多少はこころをひらける友人ができ始め、
人との交流にこころときめかせるようになっていた。

その夏は、
青い海と空、山が印象的ないなかで、
1ヶ月も友人たちと語りあいながら、過ごしていた。

彼は、中でもとくに、
仲がわるかった。
彼女は彼を尊敬し、すばらしい愛すべき個性ある人だと認めていたが、
彼は彼女のことをにがてに感じ、
ふたりはよくケンカしていた。
他人と1ヶ月も近くですごすと、いろんなことが気になってくるようなのであった。

彼女は彼から嫌われていることに
とても心が苦しくなっていたが、おかげで
彼女の欠点に気づくことができ、感謝していた。

いつしか
心の奥がきゅっとときめくようになり、
彼女は「初恋かしら?」とつぶやいた。

1ヶ月もケンカしながら話し込めば、
深くお互いの個性とつながるため、
よりその個性が際立つようなのであった。

彼女にとって、どうやら人としての個性に、
惚れ込むかどうかが、重要であるらしかった。
そこに、
友情と恋情のちがいはそこまでなく、ただ深さがあるだけであった。

彼女は
きゅっとしたときめきが
あまりに新鮮であったため、喜んだ。

彼とは
あまりリラックスして話せる関係でもないし、
おつきあいなどと、ありえないように
思われたが、
心の底から喜ばしい気持ちであったし、
まぁわるい気はしないのでないだろうかと、
いなかから帰ってから、
公園から電話して、伝えてみた。

案の定ふられたが、彼女は
さっぱりしたものだった。

彼女のこころの中では、
ひまわりが踊り、レモンがきゅっとはじけていたのだから。
喜ばしい気持ちがうすれることは、ちっともなかった。

ケース3:雪にとざされた街で

彼女は2年前、ひとり暮らしていた。
彼女は人生について考え、社会について考え、
ひとりしずかな興奮にうかされる日々を、
送っていた。

彼女はその春に引越し、その街ではじめての冬を過ごしていた。
その街は海街で、強い吹雪に街の窓が閉ざされることがしばしばであった。

彼女は再び人とのつきあいの少ない日々を送り、しかし遠く住む友人たちはいたので、よく電話してはいろいろなことを語り合っていた。

彼女はその冬、愛を覚えた。
彼女は冬になるとひきこもり、鬱々としてくることがしばしばあった。
その冬も案の定、ただれた生活に、心も体も疲れ切っていて、
「あら、わたし、わたしへ愛情注がないとだめね」
と彼女はつぶやき、愛をおぼえた。

そしてまた、よく電話していた友人のことも、
いつのまにかその個性を愛するようになっていた。
彼女にとってさっぱりタイプではなかったし、
リラックスして話すような間柄でも
もともとはなかったのだが、何気なく語らう時間を積み重ねるうちに、すっかり深い愛を感じられるようになったのだ。

また、彼に告げてみて、
ふられたが、彼女は寒い冬の街を歩きながら、
とてもあたたかい気持ちに包まれて
しあわせでいっぱいであった。

そのあたたかさは、意外にも1ヶ月もたてば
思い出にかわっていた。

ケース4:新しい風に吹かれて

半年前、彼女は山の多いいなかに、引越してきた。
はじめてのことが多すぎて、なれない日々を送るなかで、
いつしか街でさわやかなお兄さんに出会って、
なんとなく気にかかった。

彼女は
「なんとなく気になるのよね」
とふとしたタイミングにつぶやいてみたら、
どうしたことか、
彼とおつきあいすることになった。

「お付き合いって、なにするのかしら?」
彼女はふしぎに思い、どのように関係を築くのか
大いに戸惑ったが、じきになれ、
いつしか彼はとても大切なひとになっていた。

いい関係性を築けてとても満足していたのだが、
1ヶ月たった頃に、お別れすることになった。

「まぁ、そういうこともあるわね」

彼女は今回ばかりは涙したが、すっかりたくましくなっていたので、気持ちを切り替えて
楽しく生活することに集中した。

だが、なかなか忘れられず、4ヶ月も
思い続けることになった。

それが、どうしたことだろう、
ふっと、あまり思い出さなくなった。

「まぁ、そういうこともあるわね」
彼女はつぶやいた。

ふたたび、カフェー

彼女は、カフェーのテラスで
つらつらと物思いにふけりながら、
つぎはティーにするか、カフェラテにするか、
迷っていた。

「それにしても、人とのつきあいってやつは
よくわからなくて、めんどうなものね」

と彼女はつぶやき、レモンティーを注文することに決めた。

「恋愛から、すべてを学んだね」

隣のテーブルで、カップルの男性が脚を組みながら、楽しげに話す声がきこえた。

「それは、さすがに盛りすぎね」

彼女はこころの中でぼやくに、とどめた。

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