見出し画像

「夕立の中の君へ」

市川うららFMラジオ番組「虹の架け橋」♯38(2月21日)にて放送のラジオドラマ「スポットライトを君へ」の後日談になります。
YouTubeにて本編のアーカイブがありますので、まずはそちらをお聞きください。


以下本編

「夕立の中の君へ」

6月、放課後。
俺が下駄箱で靴を履き替えていた時、その人は学校の昇降口で降り注ぐ豪雨を見守っていた。
クラスメイトの明石灯香理だ。
……もしかして傘、無いのかな。
そんなことを思いながら靴を履き、俺も昇降口に出ようとした時だった。

灯香理「…あ。 森高君も今から帰るの?」
慎一 「え!…あ、うん」

急に話しかけられて驚いてしまったが、すぐに平然を装った。

灯香理「ごめん。 びっくりさせちゃって」
慎一 「いや、大丈夫。 明石は帰らないの?」
灯香理「帰れたらこんな所にいないよ。 傘、無くてさ」
慎一 「そっか」
灯香理「早く帰りたいのに……いつ止むかな」

あの時、俺はどうしてあんな行動をしたのかはわからない。
明石に優しくする理由も義理もない。
けれど、気が付けば俺はバックの中の折り畳み傘を明石に差し出していた。

慎一 「……これ。 使えよ」
灯香理「え? でも森高君どうするの?」
慎一 「学校の正門を出て右に行くと、すぐそこに茶色いマンションあるだろ? そこ、俺の幼馴染の家なんだ。 そこに行くから大丈夫」
灯香理「でも……」
慎一 「走れば3分もしないで着くから、そんなに濡れない。 じゃ」

俺は明石の返答を待たずに駆けだした。
元々、明るくて元気な人だな、とは思っていた。
自分に無いものをたくさん持っていた。
明石のことが本格的に気になりだしたのは、これがきっかけだった。
優しくした本人を好きになってしまうなんて、なんだかアホっぽいかもしれないが……。
こんなに精一杯優しさを示した女子は、明石が初めてだった。
その後幼馴染の家に着くと、幼馴染の冴永優心に驚いた表情をされた。

優心 「お前、折り畳み傘は!? いつも持ってるだろ?」
慎一 「……忘れた」
優心 「今日に限って!? なら連絡くれれば傘持って迎えにいったよ」
慎一 「いいよ。 走ってこれるし」
優心 「アホか。 そっちの中学から俺ん家まで走っても”20分以上かかる”ぞ」
慎一 「……拭くもの貸してくれ」
優心 「全く……。 かあちゃ~ん!」

……明石は、濡れずに帰れたかな。
身体の寒気より前に、そんな気持ちが胸に走った。

5年後。
高校3年生の3月上旬。
この年は色々あって、例年より遅い卒業式が3月中旬頃に控えていた。
俺たちの通う矢鶴間高校にも、少しだけ暖かい風が吹くようになった。

優心 「しんいち~。 帰ろうぜ~」

向こうから俺の名前を呼びながら幼馴染の優心が歩いてくる。
人を待たせたくせにマイペースな速度で……。

慎一 「遅ぇよ。 なんで職員室呼ばれたんだ?」
優心 「前に没収されたゲーム機返してもらった」
慎一 「……アホだな」

放課後は決まって、優心と帰ることになっている。
別に二人で決めた事ってわけじゃないが、自然の流れでそうなっていた。
気分次第では帰りにハンバーガー店に寄ったりするのだが、今日はそんな暇が無さそうだ。
それを伝えようとした時、丁度よく優心が口を開いた。

優心 「腹減ったな。なんか食って帰る?」
慎一 「いや悪いけど、今日は買い物しなきゃいけないんだ」
優心 「買い物? 珍しいじゃん! 服でも買うのか? 付き合うぞ!」
慎一 「いや、いい。 第一、服を買うにしても一人でいいだろ」

優心の乗り気な誘いを、俺は冷静に断った。

優心 「寂しいこと言うなよ~。 俺がコーディネートしてやるから!」
慎一 「余計嫌だよ。 それに、服じゃない」
優心 「え? じゃ何買うんだよ?」
慎一 「なんでもいいだろ」

知られたくない気持ちから少し冷たく返してみたが、長年の付き合いでそれは逆効果だろうなと察した。

優心 「逆に気になる~! ついてっていい?」

ほらな。
予想通りの答えが返って来た。
だから俺は観念して正直に話すことにした。

慎一 「……ホワイトデーの材料を買いに行くんだ。 だから一人で行かせてくれ」
優心 「おお!? 手作りでお返しか!? やっぱり明石さんからもらってたのか~」
慎一 「はぁ……明石から聞いたよ。 安治と優心がきっかけを作ってくれたんだって?」
優心 「あ~…バレたか。 わり」
慎一 「別に怒ってる訳じゃない。 ……でも、今回はお前たちに頼りたくないんだ」
優心 「なんで?」
慎一 「……明石は勇気を出して俺にチョコレートを渡してくれた。 俺もちゃんとその気持ちに応えたいんだ」

普段ならこんな恥ずかしいことは言わない。
信頼できる親友だから言えることだ。

優心 「珍しく燃えてるじゃん。 慎一がそんなに真剣なら邪魔できねぇな。 頑張れよ!」
慎一 「おう」
優心 「その代わり、明日はゲーセン行こうぜ! こうやって一緒に帰るのも残り少ないんだぞ?」
慎一 「わかったよ」

……そうか。
優心とも大学が違う。
こうやって一緒にいるのも、今のうちだな。
そして、明石とも……。
学校で会うことはもうなくなる。
高校生活が終わることの寂しさが、ようやく湧いてきていた。
帰路の途中で優心と別れ、そのまま俺はホワイトデーの買い物をしにショッピングセンターに入った。
チョコレートクッキーのレシピをスマホで調べながら一通り材料を買い、再度立ち止まってレシピを確認していると、その横を女子高生達が通り過ぎて行った。

女子高生A「でもさ。 ぶっちゃホワイトデーのお返しが手作りって、あたしちょっと引く」
女子高生B「え、わかる~。 なんか男なら手作りより、おしゃれなお店のチョコで返して欲しいなって思っちゃうかも~」
女子高生A「しかもクッキーでお返しするって、”友達でいよう”って意味らしいじゃん?」
女子高生B「え、そうなの!? 私、去年クッキーもらったんだけど。 ショック~」

……え?
一瞬頭が真っ白になった。
女子高生たちが通り過ぎて行った後も、しばらく彼女たちの会話が頭の中をぐるぐる回っていた。
……手作りって、ダメなのか?
クッキーも、ダメなのか?
俺は手作りチョコクッキーを作ろうと思っていた。
ホワイトデーのお返しって、そんな意味があったのか?
手作りでクッキーって、思いっきりダメじゃん。
……本当だ。
スマホで調べると、渡すものの種類によって意味が異なるみたいだ。
もう材料買っちゃったよ……。
でも明石は手作りのチョコレートをくれた。
だったら手作りで返した方がいいんじゃないか?
何が正解なんだ?
そういえば、明石って苦手なものとかあるのか?
なんでも食べてそうなイメージだけど……。
何をあげたら女子は喜ぶんだ?
明石は何が好きなんだ?

……もうよくわからなくなってきた。

安治 「森高君?」
慎一 「え? 安治!」

後ろから声を掛けて来たのは、明石の友達の安治綺夏だった。

安治 「お買い物してるの?」
慎一 「え、あ、ああ。 まぁ……」

なんとなくホワイトデーのことは恥ずかしくて、誤魔化して隠そうとしたが……もうそんなこともしてられない。

慎一 「あのさ、安治。 ホワイトデーって、手作りで返しちゃいけないものなの?」
安治 「え? ああ、なんかそういう話しもあるよね。 ……もしかして、灯香理の?」
慎一 「……うん。 俺、よくわからなくてさ。 恋愛のこととか、女子がどんな事を考えてるのかとか。 明石が、何をもらって喜んでくれるのかも、いまいちよくわかってなくて。 やっぱり、こういう男って嫌われるのかな」
安治 「……灯香理が羨ましい」
慎一 「……羨ましい?」
安治 「だって、こんなにもお返しで悩んでくれるなんて、幸せな事だよ? 森高君の灯香理への気持ちがすごく伝わる」
慎一 「いや、そういうつもりじゃ……」
安治 「森高君は、どうやって返したいって思ったの?」
慎一 「……手作りのチョコクッキーを作ろうかと思って」
安治 「なら、それが一番の正解だと思うよ? 大切なのは意味より、渡す本人の気持ちだよ。 裏門で灯香理のチョコもらった時、中身を見なくても嬉しかったでしょ?」

気持ち……。
そうだ。
仮にあの時もらったものが手作りクッキーだとしても、明石の気持ちは伝わった。
その”気持ち”が嬉しかったからこそ、俺はすぐに言ったじゃないか。

「返すから」って。

安治 「なんなら、灯香理に何がいいか聞く?」
慎一 「いや、いい。 俺も……俺の気持ちを伝えたい。 安治、ありがとう!」
安治 「がんばれ~!」

安治 「……冴永君から”心配だ”ってメール来てたけど、大丈夫そうだね」

安治と別れた後は、どこか頭がスッキリしていた。
はっきりとホワイトデーまでの道が見えた。
少し歩くペースを速めた時、ふと視界に映ったものがあった。

慎一 「あ、これ……」

そこに売られていた物を見て、俺はホワイトデーで贈るものについてまた考えた。

3月14日、矢鶴間高校裏門。
春の風が少し強く吹いていたが、そんなこと気にしている場合じゃ無いほど緊張していた。
明石もこんな風に緊張していたのか……。
大丈夫。
プレゼントを渡すだけだ。
お返しをするだけだ……。

明石 「森高君?」
慎一 「うおっ! あ、明石。 お疲れ……」

急に話しかけられてビックリしてしまったが、すぐに平然を装った。

明石 「……なんか前も話しかけた時、ビックリされた気がする」
慎一 「そ、そうだっけ?」

思い出す余裕もなかった。
渡さなきゃ。
明石に……。

慎一 「明石、これ。 ちょ、ちょ、ちょこっ……」
明石 「ちょこ?」
慎一 「ちょ、ちょ……。 ……ちょこっと何か食べたい時ってあるよな」
明石 「……ぷっ!」

俺の言葉に明石が吹き出して笑った。

慎一 「ち、ちがうちがう! そうじゃなくて、その…」
明石 「わかる。 ちょこっと何か食べたい時ってあるよね」
慎一 「……ははは、そうだな。 はぁ……」
明石 「そんな時にちょこっと食べられる、おススメのやつ、ない?」

明石が真っ直ぐ俺の目を見て来た。
俺はその目に引き込まれそうになりながらも、緊張の解けた手で紙袋を渡した。

慎一 「……これ。 バレンタインのお返し」
明石 「えへへ。 嬉しい。 本当に嬉しい!」
明石 「本当に……お返ししてくれた」

明石の嬉しそうな笑顔を見た時、もう全てがどうでも良くなっていた。
贈り物に悩んだことも、初めての手作りで何度も失敗したことも、ここで緊張していたことも……。
好きな人の笑顔ってこんなにも純粋で、見ていて胸がスッキリするものなんだ。

明石 「……そっちの紙袋は?」
慎一 「え? ああ、これか」

俺は持っていたもう一つの紙袋を明石に差し出した。

明石 「え? もう一つ?」
慎一 「うん」
明石 「こっちは……しょっぱいもの?」
慎一 「ちげぇよ。 なんでも食い物にすんなよ」

明石は紙袋を受け取って、中の物を取り出した。

明石 「……折り畳み傘」
慎一 「今度は返さなくていい」
明石 「え?」
慎一 「大学は違う所だし、直接会う回数は少なくなるけど……。 どんなに離れていても、雨の日は明石を濡れないように守りたい」
明石 「森高君……」
慎一 「だから……今度はちゃんとバッグの中に入れておけよ?」
明石 「……うん!」

その後、俺たちは一緒に帰りながら、大学に行っても週末は会おうと約束した。

春の強い風と、舞い散る桜が、
俺たちに一時の切ない別れと、その先の明るい未来を告げた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?