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【小説】つぼみ【ショートストーリー】



花の蕾が黒く変色している。


庭にある沢山の花の中からそれを摘み取る。そうしないと他の花に影響があるからだ。子供の頃も、そんな事をした気がする…


***


「おはよー」


「あ、雫ちゃん!おはよー」

1年生の頃、同じクラスになったのがきっかけで仲良くなった雫ちゃんと毎日登校していた。


「雫ちゃん、英語の宿題やってきた?」


「うん、やってきたよ。聡子ちゃんは?」


「やってきたけど、難しくなかった?中学生になったら英語の授業についていけるかなあ」


「大丈夫だよ。もしわからなかったら一緒に勉強しよ!」


「雫ちゃん、ありがとー」

雫 ちゃんは頭が良くて優しい女の子だ。誰からも好かれ、皆が嫌がる事を率先してやる。


「あれ?スニーカー変えた?」


「うん。お母さんが昨日買ってきてくれたの」


「いいなあ。その赤いスニーカー雫ちゃんに似合ってるね!」


「ありがとう!」


「そうだ、今日学校終わったら遊べる?お母さんとデパートに行くんだけど雫ちゃんも行かない?」


「ごめん。今日は彩のお見舞いに行くの」


「あ、そっか…雫ちゃんと彩ちゃんって本当仲良しだよね」


「うん。幼稚園から一緒だからね。良かったら今度聡子ちゃんもお見舞いに行かない?彩も会いたがってるよ」


「ほんと?じゃあ今度行こうかな」

彩ちゃんは雫ちゃんの幼馴染みで、小さい頃から病気で入退院を繰り返していた。雫ちゃんは習い事の日以外、ほとんどお見舞いに行っている。彩ちゃんは退院しても学校にはほとんど来ていない。家で勉強しているらしい。私は彩ちゃんとは病院でしか会った事がなかった。雫ちゃんとお見舞いに行った時だけだった。


「あ、予鈴だ。行こ!」


「うん!」


土曜日に彩ちゃんのお見舞いに行く事になった。


「聡子ちゃん、今日はありがとう。彩のお見舞いについて来てくれて」


「別にいいよ。私も彩ちゃんに会いたかったし」


「ほんと?よかった」

病室の前まで来ると、雫ちゃんがドアをノックした。


「はーい」

ドアを開けると、ベッドにいる彩ちゃんが笑顔で迎えてくれた。


「あれ?聡子ちゃん!来てくれたんだ」


「うん。久しぶり!ごめんね、なかなか来れなくて」


「ううん。気にしないで」


「前に会った時より元気そうだね」


「うん。最近調子がいいの」

彩ちゃんは色白で、髪の色は明るく睫毛がとても長い。外国の人形のような顔をしている。


「彩、調子がいいからって無理しちゃダメだよ」


「うん、わかってる。ごめんねいつもお見舞い来てくれて。雫だって忙しいのに」


「あーまたそれ言う。私の事は気にしなくていいから。好きで来てるだけだから」

雫ちゃんと彩ちゃんのやりとりを見てたら仲がいいのがよくわかる。うらやましい。私も雫ちゃんと彩ちゃんともっと仲良くなりたいな…


「そうだ。彩ちゃん、これお見舞いの花」


「聡子ちゃんありがとう!すごく可愛い」


「彩、私からも。作って来たんだお守り」


「お守り?これ、ウサギ!雫が作ったの?すごーい」


「そう、手作り。彩の病気が治りますようにって願いを込めて作ったんだよ」


「雫…ありがとう」

そう言うと、彩ちゃんはうつむいてしまった


「もう、泣かないの!彩はすぐ泣くんだから」


「だって…嬉しいんだもん。雫、裁縫苦手でしょ?なのにこんなに難しいの頑張って作ってくれ…て…」

雫ちゃん裁縫苦手だったんだ。知らなかった。それなのに彩ちゃんの為に頑張って作ったんだね…えらいなあ


「もう、泣かないでよー。私が泣かしたみたいじゃない」


「ごめん、ごめん。もう大丈夫。雫、ありがとね」


「うん…」

しばらく三人でおしゃべりしてから、私は塾があるので先に帰った。


月曜日。いつも待ち合わせてをしているパン屋さんの前でしばらく待っていたけど雫ちゃんは来なかった。

「休みかな…」

信号が青になったので急いで渡り、学校へ向かった。


学校に行ったら雫ちゃんが来なかった理由がわかった。朝のホームルームで先生から彩ちゃんが昨日亡くなったと話があったからだ。


お葬式はお母さんと行った。


式場の前には沢山の人がいた。先生たちやクラスメイトもいた。雫ちゃんを探したけど見つからなかった。


どこにいるのかな…


中に入ると棺が見えた。その横に、雫ちゃんが棺を抱えるようにして床に座っていた。お葬式が終わるまで、雫ちゃんは棺の横を動かなかった。


次の日、パン屋さんの前で待っていたけど雫ちゃんは来なかった。

やっぱり来れないよね…大事な友達がいなくなったんだもん…


彩ちゃんのお葬式から1週間が経った朝。いつものようにパン屋さんの前で雫ちゃんを待っていた。


雫ちゃん、今日も来ないのかな…


「おはよー」


「あ、雫ちゃん!」


「聡子ちゃん、久しぶりだね」


「よかったー。今日も来ないのかなって思ってたんだ」


「ごめんね。もしかして毎日待っててくれたの?」


「うん。でもしかたないよ…あんな事があったんだから」


「あんな事?」


「彩ちゃん…死んじゃってつらかったよね…」


「ああ、それ?」


「それって…」


「あの子がやっと死んでくれてホッとしてるんだよね」


「雫ちゃん…?」


「ほんと、長かったー」


「何…言ってるの?」


「私ね、あの子の事大嫌いだったんだ。すぐ泣くし、悲劇のヒロインみたいな顔しちゃって」


「え…だってずっとお見舞い行ってたよね?」


「あれね、あの子のお母さんに頼まれてたんだよ。うちのお母さんも行け行けうるさかったし。でも、そのお陰で先生たちとか大人にけっこう褒められたんだよね」


雫ちゃんは何を言ってるんだろ…


「彩ちゃんにお守り作ったよね…」


「あれ?死ね死ねって願いを込めて作ったんだけどさあ、次の日本当に死んじゃってビックリしたよ。効果ばつぐんだね。あのお守り」


この子は雫ちゃんなの?あんなに優しかった…そんなはずない。雫ちゃんはこんな事言わない…


「お葬式の時、彩ちゃんの横にずっといたよね…?それに何日も学校休んで…ショックだったんでしょ?」


「あの時笑いが止まらなくてさあ、うつぶせになってたらわからないでしょ?」

雫ちゃんの声が遠くに聞こえる…

なにこれ…

プールの中にいるみたい…

こわい

「でさー、ずっと棺の横にいたもんだから大人たちがやたら感動しちゃって、彩のお母さんもずーとありがとうって言ってて余計笑いがとまらなかった。」

黒い…

雫ちゃんの顔がみえなくなってきた

こわい

こわい

「学校休んでたのはサボってただけ。ショックで学校行けないって言えば休ませてくれたし、お母さんなんて目潤ませてたよ。大人ってチョロいね」

真っ黒

何も見えない

何も聞こえない

こわい

こわい

こわい

こわい

こわい

こわい

「聡子ちゃん…?」


気がついたら目の前にいた雫ちゃんはいなくなっていた。交差点の真ん中で止まったトラックの下に赤いスニーカーが見えた。


***


あの後どうなったんだっけ…

覚えているのは両親の怒った顔と泣いた顔。そして、両手に残った感触。


「聡子さーん!中庭の鍵閉めるんで病棟の中に入って下さーい!」

腰から鍵をぶら下げた看護師が私を呼んでいる。

「はーい!今、行きます」

黒くなった蕾を見つけ、手を伸ばす。


「摘まないと…」


#眠れない夜に

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