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【小説】恋する なまはげ


わずかな隙間から始まった恋

光が落ちてきた

その光が

私の心を溶かしていった

忘れない

隙間が狭くなっても

光が届かなくなっても

忘れない


あの夜、私と彼は出会った。

酔っていた彼は、千鳥足でバス停まで歩いて来た。

時刻表の前に立つと、煙草を手にし、ライターで火をつける。

酔っていた為か、ライターは手からこぼれ、バス停のすぐそばにある側溝の隙間に落ちた。

「やべえ、側溝の中に落ちたよ。取れるかな」

彼は四つん這いになり、側溝の隙間を覗き込んだ。

「暗くてみえねぇ」

側溝の中にいた私は、隙間から落ちてきたライターを握りしめ、渡そうか迷った。でも、私の姿を見たら恐怖で怯えてしまう。

「親父からもらったライターなのに…。天国の親父、怒るだろうな」

そんな大切なモノなの?どうしよう…。私は、意を決してライターを隙間から出した。

「え?え?ライター出てきた!なんで?」

彼はライターを手に持ち、戸惑っている。

「すげぇ!すげぇ!ライターが側溝から出てきた!ありがとう!側溝さん、ありがとう!」

ありがとうって…。彼の思わぬ言葉に驚いた。

秋田でなまはげとして生まれた私は、厄災を払い、人々の怠け心を戒めてきた。数百年も続く出刃包丁を振りかざすそんな生活が嫌になり、逃げるようにこの都会に来た。溢れる人の中では目立たないだろうと思ったが、この姿では目立ってしまった。警察に追われ、軍に追われ、猫に追われた私は身を隠す場所を探し彷徨った。そして、この側溝をみつけた。

私は安住の側溝を手に入れた。

仕事をしなくても生活は出来る。食べ物は側溝にいるドブネズミや虫を食べればいいし、飲み水なんかは雨水が流れてくる。排泄は勿論、垂れ流す。豪雨で側溝の水が増えた時は、昔、忍者が教えてくれた水遁の術で竹をくわえ、側溝の隙間から竹を出し、外の空気を吸った。日照りが続き雨が降らない時は、時々隙間に落ちてくる小銭で、夜中にこっそり側溝から出て近くの自動販売機で飲料水を買った。飲み物にはこだわりがあり、公園の水は体に合わない。雨水と自動販売機の二択だ。私のいるこの側溝は、かんたん側溝落ち蓋タイプで、取り外しが容易なのでいつでも出入り自由だ。

そんな側溝生活をしている時に、側溝の隙間からライターが落ちてきて彼と出会った。酔ってるとはいえ、側溝にお礼を言う人間は初めてだった。

この、温かい気持ちはなんだろう。
この、切ない気持ちはなんだろう。
この、胸焼けはなんだろう。

ドブネズミの干し肉か?いや、恋。これは恋なのだ。

彼はこのバス停からバスに乗り、通勤している。

私は出刃包丁を置いて、側溝の隙間から彼の情報収集をする。

普段から人間の隙間観察をしている私にとっては朝めし前だ。いや、情報収集は朝めし後にする。

彼が、側溝の上に足を置いた時に見えた。

27.5

彼の靴のサイズ

靴裏にガムと人間のえのき混じりの糞がついているのを、教えてあげたい。

彼が、傘をさしている時に見えた。

8本

傘の骨

16本は重たいが、丈夫なのでお勧めしたい。

彼が、欠伸をした時に見えた。

1割れ

アゴ割れ

愛おしい。欠伸をしなくても割れていた。

彼が、目の前にいるミニスカートをはいた巨乳の女性の髪が風になびいた時に見えた。

0.9センチ→1.3センチ

匂いを嗅いだ時の鼻の穴の直径。

この女性にナニがついている事は教えてあげない。

CIA並みの情報収集をしていた私に、側溝生活の終わりは唐突にきた。

ある夜、バス停で彼はチンピラに絡まれた。

「おい、てめえ!肩に当たっただろ!詫びもねえのかよ!!」

「いや…何も当たってませんが」

「当たっただろう!その証拠にお前のアゴが割れてるだろうが!!」

「いえ、これは生まれつきでして…」

「はあ?生まれつき?赤ん坊がアゴが割れてるなんて聞いた事ねえぞ!ホラ吹くな!」

「本当です。ここに写真が…」

「うるせぇ!!」

このままでは彼のアゴが2割れになってしまう。助けなくては!でも、私の姿を見られてしまう…。

「やめて下さい。本当に生まれつきなんです!」

もう、ぐずぐずしてられない。私は、側溝の隅でひっそりヘドロまみれになっていた出刃包丁を持ち、かんたん側溝落ち蓋タイプの側溝の蓋を勢いよく開け、出刃包丁を振りかざし叫んだ。

「悪ぃ子はいねがぁー!!!!」

私の姿を見たチンピラは、失禁をし失神した。そして彼は、アゴが割れたまま、アゴが外れた。

こうして、私の側溝生活が終わった。

私と、恋に落ちて欲しかった…

せめて、彼のそばにいたい。

いや、このまま私が側溝にいたら彼は側溝恐怖症になってしまう。

かんたん側溝落ち蓋タイプの側溝の蓋をし、アゴが割れた赤ん坊の写真を拾ってその場を後にした。

叶わぬ恋なのだろうか?

贅沢は言わない

でも、いつか

そんな小さな希望を胸に

小さくなった隙間から

彼を見つめる

バス停から少し離れた、マンホールで

#眠れない夜に


#おぬきのりこさんリクエスト
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#側溝ホラー
#有言実行シリーズ
#ほりべえさん 、お忘れになっているかもしれませんがあのコメント欄での約束は暫くお待ち下さい

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