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誰かのおおきな独り言……ぶんごころ塾

30年位前の地下鉄でのこと。
偶然、乗り合わせた年配の知人から
唐突に話しかけられました。
「うちの講師をやってもらえんかねえ?」と。
その方は10年ほど前から
文章教室を主催されていました。

その時まで僕は、
人に教えたことは無かったのですが
でもまあ、そんな経験もありかなと
「ああ、いいですよ」と答えたのです。
これがきっかけで
文章を教えることになりました

教えはじめの頃の教室では、
受講生が書いてきた文章の
言葉づかいや流れ(構成)を見て、
書いた思いや気持ちを問診します。
お医者さんの診察みたいに
具合の良くない文章を見つけるのです。


ある日、30人近くいた教室で
いつものように
良くない文章を指摘していました。
すると突然、ある女性の受講生が
ガサガサと音立てて机の上を片付け、
ガタンと椅子を引いて出て行ったのです。

教室には、黙って出て行った彼女を
非難するような空気が流れていました。
「失礼ですよね」
と教室のスタッフも同情してくれました。
でも僕は、彼女の憤りがとても気になりました。

当時30代の僕は広告代理店のライターとして
バリバリ仕事をしていた時期でした。
がんばって書いてきた彼女に
上から目線で生意気だったのかもしれない。
ひとりモヤモヤしていました。


僕は、書き方やテクニックを教える座学では、
文章はその人の身につかないと思っていました。
だから教室では、
文章の一行一行に分け入って
語句を添えたり削ったりする実学中心でした。
不具合を解決する処方箋をあげるのです。

わかりやすい、と受講生の評判も良く
文章を教えるってこうだと思っていました。
ですから、あの日の出来事は
けっこうショックだったのです。


やがて、36歳の時に広告代理店を退社し
独立して制作会社を作ります。
ただ「教える人生」は続けていました。

でも教えることに悩んで、
教室では試行錯誤を繰り返していました。
そうこうしているうちに気づいてきたのです。
お医者さんじゃダメだ、
文章にはコーチがいいのではないかと。

受講生だって、良くないところより
良いところを見つけて欲しいはず。
そこを伸ばしてあげられる
文章のコーチになろうと思ったのです。


そんな思いを実践しながら
ある日、教室で男性の受講生と
一行一行をやりとりしていた最中でした。
不意に、彼が声をあげたのです。

「ああ、いま、なんかわかった気がする」
おおきな独り言でした。

こういう感じなんだ、
人が何かをわかる瞬間って。
教えていて初めて感動したのです。
その独り言の声の響きを思い出すたび
いまでも心が温かくなります。


昨年、30年続けた会社を閉じました。
いま、「ぶんごころ塾」という
文章の個人レッスンをしています。
「ぶんごころ塾」を作ったのは、
いま世の中にある文章教室では
教える限界がある、と思ったからです。

書きたいと思う人に
本当に書く力をつけてあげられる
レッスンをしたかったのです。

文章って、ひとりひとり異なります。
言葉づかいも、感じ方も、思い方も。
身につけている書く力も違います。

〝文章の才能なんてあるのかしら……〟
〝文章がわかりにくいと言われる……〟
といったみなさんにも、
ふさわしいコーチの仕方を
さぐりながらレッスンしています。


書く人と横並びになること。
ジャズの即興セッションみたいに、
読む人に感じてもらう、
響いてもらう、心に残ってもらう。
そんな文章を
いっしょになって仕上げていく。
それが文章のコーチの役目だと思います。

コーチになって一年。
いま、誰かが書いた文章に
出会えることを楽しんでいます。
もう一度、おおきな独り言が
聞けるんじゃないかと。

         ……ぶんごころ塾


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