雑文 #184 さくらんぼの思い出
今日は5人で外食をした。
と書けば、例のアレか、5人以上で会食をしたのか。と言われそう。
会社の向かいでお客さんやうちの会社の者と、5人でササッと回転寿司を食べたのだ。ちなみに寿司は回ってなかった。
私は会社に行く日はいつもお弁当を用意して行くので、そんな流れになるとも思わずに、なぜ今日に限って用意しなかったんだろう(無駄にしなくてよかった)、不思議だなと思った。
そして思い出す。
16歳くらいの頃。私は仲良しの女子3人で、「明日は学食で食べる日にしよう」と約束していた。いつもお弁当だけどたまにそんな日を作る。しかし、母にお弁当が要らないと言うのを忘れてしまった。私はお弁当を持って学校へ行ってしまった。
お昼前、後ろの席の男子が「あー腹減ったー。今日弁当持ってきてねえや」と騒いでいる。こ、これは千載一遇のチャンス。私は「今日は学食で食べることになってるから、これあげる」と言って男子にお弁当を渡した。
それが引き金だったのだろう。
もともと私に時々ちょっかいを出してきていた男子だ。でもプレイボーイなタイプ(←書き方恥ずい)。それくらいで私のことを好きになったりしないだろうと思った。ところがこの年齢の男子だ。どんなにプレイボーイでも、単純なのだ。
彼のために作って恥ずかしいから友達と学食で食べる約束をしてたことにした、とでも勘違いしたのだろうか。いやいやそれは私のオカンが作ったお弁当。私の手は一個も入ってない。
このJというプレイボーイ、これを機に私に好意を表すようになる。公衆の面前で。なぜ見た目に自信のある人はみんなのいる前でそういうことが言えるのだろうか。
私はイケメンがタイプではないという、珍しい性質の持ち主なのでJのこと「一般的にかっこいいな」とは認めてたけどそれが魅力には通じない。イケメンであることは、単に特徴のひとつである。だからと言ってブサイクマニアというわけでもないんだけど、多くのイケメンになびかない(たまたまなびくこともあるけど顔からではない)。
Jは一緒に歩いていると「あの人誰?」とささやかれるような感じであった。
なんでそんなのが地味女子にきたのか。それはお弁当だ。あれ以来、クラスメイトに「Jがうなされるようにあなたの名前を呼びながら歩いてたよ」と笑われたり、Jに「結婚式場はどこがいい?」とか言われたり、と怒涛の攻撃が始まった。他の女の子にもそうしてきたんだろう。
正直言って、私は「もし付き合ったらすぐヤられる」と思ってた。私としては、早すぎた。そんなイケメンと付き合うなんて今思っても貴重な機会だけど、あの歳で経験していたら、私の何かは変わっていただろう。
Jは見た目も良いだけじゃなく、明るい性格でいろんな人と気軽に話し、かと言って不良でもなく勉強もそこそこしていた。私は彼が憎めなかった。
ある日彼は誕生日でもなんでもない日に私にプレゼントをくれた。それが、さくらんぼの瓶詰めだった。さくらんぼを砂糖漬けにして小さな瓶にいくつか詰めて。彼が自分で砂糖漬けにして詰めたと言う。私はこれにはまいってしまった。うっかり好きになりそうだった。
私は本人にはつれない態度をしながら、そのさくらんぼを大切に味わい、大事にとっておきたくて種を捨てずに瓶に入れておいた(当然後日カビた)。
季節は冬になり、Jは「明日お前の乗るバス停で待ってるから」と言った。方向が同じなので、彼は途中下車することになる。寒い雪の中どれくらい待っていてくれるだろう。私はわざと遅刻気味に家を出て、バス停へ向かった。いつまでも待っていてくれたら、私は彼を受け入れよう。そんなふうに心の中で賭けていたのかもしれない。「待ってるから」の言葉がいつになく真剣だったので、私もそれに応えようと思ったのだ。遅くなってもなお雪の中待っていてくれたら、彼は本気。
しかしやっぱり待っていてくれなかった。後で言われた。「待ってたんだよ。知り合いに会って、こんなとこで何してんのって言われて、ちょっと野暮用って答えて…」
こうして男女はすれ違う。さくらんぼの後に、彼はまた何かの箱を用意してくれた。それをみんなの前で私にプレゼントしようとして、私は拒否してしまった。要らないと言ってしまった。もうやめて。思わず拒否したけど、そういう気持ちが態度に出たんだろう。
女に慣れてる彼は落ち込んだり怒ったりはしなかった。その後もある程度私に構ってきたけど、度合いが小さくなったように思う。
彼と一度図書館でデートしたように思う。もう記憶がかすんで定かじゃないんだけれど、Jが「放課後、図書館で待ってるからな」と言って、それぞれ自転車で図書館へ行って、向かいで勉強をしたような、そんな記憶があって、あれは本当だったのだろうか。もし本当だったなら、それが私が初めてしたデートかもしれない。
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