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獣医学生のたたかい③-思い出のカナミ-

今回は私たちとカナミの思い出について語ろうと思う。
突然驚かせて申し訳ない。「カナミって誰…?」と怯えさせてしまったことを深くお詫びする。川島カナミ(仮名)、それは私たちに微生物学、感染症学、家禽疾病学を教えてくれた某大学教授の名前である。

カナミとの出会い(微生物学Ⅰ)

カナミとの出会いは2年後期から始まった微生物学Ⅰの授業だった。当時はコロナ禍真っ最中であったため、カナミと私たちはZoom上で顔を合わせた(実際顔を見せたのはカナミだけであるが)。

カナミの第一印象は悪くなかった。獣医学部の教授にしては説明がわかりやすく、レジュメも見やすくまとまっている。なぜかレジュメが常にA5サイズであること、授業中ちょいちょい当ててくるのが玉に瑕だが、私たちは徐々にカナミに親しみを覚えていった。一度も対面で顔を合わせたこともないのに、呼び方が「川島先生」から「カナミ!」に変わるまでそう時間は掛からなかった。

カナミの最たる美点は、試験が素晴らしいことにあった。過去問に忠実でありながら、努力した者はより高い点が取れる高度な試験形式──。我々は微生物学Ⅰの試験において、カナミへの信頼を確固たるものにした。

「大丈夫! カナミは裏切らない!」

かつてここまで生徒の信頼を勝ち得た獣医学部教授がいただろうか(いはんや。反語がうまく使えない)。

新たな敵、O氏出現(感染症学)

続く感染症学も一部カナミが担当することとなり、我々は踊って喜んだ。一部というのは、カナミ含む二人の先生が半分ずつ感染症学の授業を受け持ち、試験も半分ずつ出題するという形式である。やった。もう一人については知らんが、とりあえず半分はカナミ。うふふ、てな感じで授業は進んでいく。

ところがこのカナミでない方のもう一人・O氏がなかなかの曲者だった。にこりともせず淡々と進む授業、山積する家畜伝染病の情報量、そして新人の教員であるため過去問ストックゼロ──。

高まるO氏分試験への不安の中、カナミの存在がいかに心強かったことか。たとえO氏分で激滑りしても、カナミ分の50点はなんとかなる。我々はそれを心の杖に、試験勉強をがんばった。

試験当日。解答用紙をペラリとめくった我々は、胸の内が暖かくなるのを感じた。これが……愛。

素晴らしい、素晴らしいよカナミ。過去問と同じ質問を、微妙に聞き方を変えて、それっぽく新しいふうに問うている。心の中でカナミに拍手喝采を送りつつ、解答用紙の半分はみるみるうちに埋まった。

ちなみに残り半分を担当したO氏は、このとき伝説を作った。その出題の細かさたるや、綾瀬はるかの肌のキメにも勝る。O氏には無事「重箱」というあだ名がつき、獣医学部の憎悪の歴史に新しい一ページを刻んだ。

カナミ、あんた、友達だと思ってたのに…。すれ違う2人(家禽疾病学)

こんなふうにして培ってきた私たちとカナミの友情だが、あわや友情崩壊となる危機もあった。それは3年後期、家禽疾病学という科目の試験に遡る。

家禽疾病学。はて? あなたたちは何について学んでいるの? とハテナが飛んできそうだが、何も難しいことはない。鶏(プラス、ほろほろちょう、だちょう、あひる、うずら)の伝染病についての授業である。

この授業は全面的にカナミが担当した。故に試験も完全なるカナミオリジナル。授業はひたすらカナミ音頭、過去問も揺らぐことのないカナミクオリティ。

我々は勝利を確信し試験に臨んだ。

ところがである。試験当日、解答用紙を一番に受け取った最前列の生徒が、一様に動きを止めた。

「何コレぇ……?」

ほんとうにこのセリフが聞こえた。まだ解答用紙を見ていないその他大勢が一様にザワつく。「今、何コレって言った……?」あの時の恐ろしさたるや、カバンを引っ掴んで逃走を企てなかっただけでもナポレオンに並ぶ英傑である。

そして自分のところにも解答用紙が来た。私はさらりと解答用紙に目を通し、隣席の同級生に微笑んだ。

「記述問題が……あるよ……」

そう、今までカナミの試験の解答欄に、記号・数字もしくは単語以上の大きさが入れられるスペースは存在していなかった。完全なる選択問題、言葉を書くことがあっても穴埋め程度なもんだったのである。

にもかかわらず今私が握っている解答用紙には、でかでかと口を開けている空欄があるではないか。詰めようによっては中学校の校歌の歌詞くらい全部入りそうだ。

頼みの綱の選択問題。これにもまた打ち砕かれた。「正しいものをすべて選べ」のオンパレード。「すべてって、一個でも選んでなかったらバツ……ってコト!?」ヌルい試験勉強しか終えていない我々に激震が走る。

カナミ乱心──。

ねえカナミ。私たちあなたを信じてたのに……。どうして高病原性インフルエンザの診断方法を記述で問うの……? 何か気に触ることしたなら謝るから……!

かろうじて一番最後の20問だけは過去問通りの選択問題だった。だが、20問だけでどうやって全体の改変をカバーしろというのか。
必死の声も、遠く離れた距離では届かない。というか試験中には叫べない。

みんなしょんぼりして試験室を出た。しょんぼりしておやつを買い、いつもの溜まり場(正面玄関前の円卓)に着席した。

「ひどいよカナミ……」

悲しみは、すぐに憎悪へと変わる。どうやって某大学の獣医ほにゃらら推進室を焼き討ちするか、綿密な話し合いが行われた。どうせ焼くならO氏も丸ごと焼こうということで、微生物学研究室への襲撃も確定した。

その日は一揆へ加担する者たちの名を連ねた連判状を作り(首謀者がわからないよう円形に名を連ねた)、解散となった。

空前のカナミ・フィーバー

我々は数々の試験の合否を伝えてきたVet Portalなるサイトからのメールに刮目した。「家禽疾病学 試験結果」──。

絶望の面持ちでページを開く。我々は再び刮目することとなった。

不合格者、ゼロ──?

見間違いではない。我々は誰も落ちなかった。あのさんざんな試験の手応えにもかかわらず、である。

「カナミ……。あんた、もしかして!?」

我々はカナミに届くよう叫んだ。試験結果通知のメールの追伸には、カナミの愛が満ちていた。

試験は少々難易度を上げすぎました。そこで配点に調整を行い……ウンタラカンタラ。すなわち、カナミが世を徹して考えたであろう記述問題の配点がまさかの0.5点(!)となり、唯一過去問通りであった最後のわずか20問の選択問題に60点(!)の配点が割り当てられたのだ。

絶望に絶望を塗り重ねた「当てはまるものをすべて選べ」問題は、正解の一部が選べていれば部分点がもらえていた。なんと画期的な採点方法。

私たちはカナミの本気を見た。なんとか私たちを追試の窮地から救おうという、本気を……。

私たちはカナミへの信頼を取り戻した。3日前までどうやって焼き討ちすべきか考えていたのに見事な手のひら返しである。

みんなでおやつを食べながら、カナミへの感謝を語った。今や学年中がカナミの話題で持ちきりであった。空前のカナミフィーバー。カナミ、愛してる。LOVE YOU。


それから

みんなでもぐもぐおやつを食べ、作成した一揆の連判状を温かい気持ちで眺めた。こんなことも考えたけど、今の私たちにはもう──。

「ねえ、これさ。まだ、いる……よね」
「「「「うん……」」」」

私たちは美しく透き通った眼差しで微笑みあった。
まだまだ炎と共に浄化せねばならない恨みが募っている。微生物学ⅡのO氏、機能制御薬理のI氏、名前忘れたけど他にも色々──。

過去は、消えない。いかに美しいカナミとの友情を取り戻そうとも、恨みは、消えない。彼らはその真理を骨の髄まで刻むべきである。我々は、未だ復讐の炎を胸に燻らせ続けているのだ…!

(完)

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