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「宙のおつかい」第7話(最終話)

ピッピッピッピッ…

何か高い音がする
鳥の声?じゃないなあ
変に繰り返す音…
耳障りだなあ

ガラガラガラガラ…
何かが動いた

「こちらになります」
「はい」
誰の声だろう…

「前足は、傷が深いです。ただ、幸にして刀を縦にスパッと一筋切った切れ方だだったので、上手く縫合して繋ぐ事ができました。」
「はい」
何言っているのか…さっぱりわからない…

「本当、この子、ラッキーでしたね…首の傷も浅くて傷はついていますが時間がたてば治ります…ここが深かったら命が危ないか、後遺症になるところでした…」
「ありがとうございます」
「もう1匹の子も問題ないです…では。麻酔が覚める頃ですので、声だけかけてあげてください。」

コツコツ…
足音が聞こえる…

「宙…」
声が聞こえる…

僕はどうなっているのだろう
目を開けたら眩しい光が入ってきた
でも、頭が痛い…いつものお日様の眩しさじゃない…

それに…僕の口は何かで覆い被されている
思うように口が開かない
前足も白いので巻かれている

僕はどうなっているのだろう…
僕はどこにいるのだろう…

もう一度目を開いてみた
ゴシュジンの顔が見える

「宙…気がついたかい。」

ゴシュジンだ!
僕は顔をあげた

痛っ…

足が…痛い…

痛い…

顔が上げられない…

ゴシュジン…ゴシュジン…
痛いよお…

「宙。安静にしていなさい…今手術が終わって麻酔が切れてきた頃なんだから…」

痛い…

「宙、ごめんね。本当ごめんね…怖い思いしたよね。」

「バイタルも安定しています。問題ないですね。傷が塞ぐまで少しの間うちで預かります。化膿していないかも心配ですから。今日のところはお帰りください。ではこちらに…」
誰かがゴシュジンに話している
「わかりました。よろしくお願いします。」
ゴシュジンの声…

「宙またね…」

僕の頭にゴシュジンの手が当たった
あったかいなあ

その手が離れた
ゴシュジン…
ゴシュジンの匂いが離れていくよぉ…

ガラガラガラガラ…
コツコツコツ…
ゴシュジンの足音
だんだん聞こえなくなった

僕は目を閉じた


ガラガラガラガラ…

どのくらい経っただろうか
僕は目が覚めた
ゴシュジン?

いや違う、白い服を着た女の人だ
その人の手が見えた
すぐに僕の口に覆い被されたものがなくなった

はああ…
僕は大きく息を吐いた

「さあ、お前はこれをつけてこのゲージに入って安静にしてね。」
白い服を着た女の人が僕に声をかけた
僕は首輪にリードを繋がれ、さらに首の周りに透明な大きなものが巻かれた

あ、コレ、知っている
これって前足を舐めることができないんだよな
「さあここに入って」
僕は女の人の言われるまま、狭い箱のような中に入った
カチャ、ガシャン!
リードは外され、女の人は扉を閉めた

僕は丸くなろうとした
痛い…まだ前足が痛む…
目の前にある透明なものも邪魔だ…

仕方ない

僕は前足を肘をつくように曲げた
そして静かに後ろ足を曲げて腰を落とした
それから右横に倒れた
こうすれば、丸くなれる
やれやれ、一苦労だなあ…

そして僕はまた目をつぶった

それからはその白い服を着た女の人が時々僕のところにやってくる
女の人はいつもご飯をくれた
でも、それ以外は誰も僕の相手はしてくれない

ゴシュジン…

僕はこの箱の中で女の人から何回かご飯をもらうだけの時間が過ぎた

何回目かのご飯の後、僕はすっかり元気になった
前足はまだ突っ張る感じだけど、我慢できる
顔を上げても痛まなくなってきた

ガシャ!
あの女の人が入ってきた
あれ?ご飯はさっきもらったよ?

カチャ!
僕の首輪にリードがついた音

「よかったね。お前。もう退院だよ。よく我慢したね。元気でね。」
タイイン?よくわからないけど、なんか嬉しい!
わあい!
僕は女の人の手に前足をかけた!
「こらこら、降りて。さあ、ご主人のところに行こう。」

ゴシュジン?!
ゴシュジン!!!!
僕は、リードを引っ張り前を歩いた

ガラガラガラガラ…
「宙!」
ゴシュジンの声!
ゴシュジンだ!

僕はゴシュジンに駆け寄ってゴシュジンの体に前足をかけた

わあい!ゴシュジンだ!!
「宙、わかったわかった…やめて。エリザベスカラーが当たって痛い…それに、あんたの足はまだ治っていないから。とにかく落ち着いて」
僕の前足はまた床に下ろされた
なんの!
僕はもう一度ゴシュジンの手に前足をかけた
「本当にもう。。この癖やめなさいって!」
僕の前足はまた床に下ろされた

「元気な犬ですね。カラーはもうしなくて大丈夫ですが、包帯をいじると困るので、ワンちゃんお一人の時はカラーするようにしてください。」
「本当にやんちゃで困っています。お世話になりました。ありがとうございました。」
「はいお元気で」

ウィン

扉が開いた

ビューー!

また何かが僕の顔に襲ってきた
でも知ってる
これは「風」っていうんだ
僕は体をブルブルさせた

「宙、さあ。お家に帰ろう。今日は姉さんの家だけど、明日は足が大丈夫なら東京に帰ろうね。ミチはちゃんとゲージに入れているから大丈夫よ。」

わあい、ちょっと突っ張るけど、歩けるよ
ミチ?
ミチあいつ
きっとまた…
怒っているんだろうなあ

僕はゴシュジンと一緒に歩いた

この道も久しぶりだなあ
嬉しいなあ
僕はグイグイ先頭を歩いた
「宙!あんたまだ完治していないんだから。ゆっくり歩きなさい。」

なんの!
僕は大丈夫だ…前足がちょっと突っ張るけど
大丈夫!

「本当に…あんたは若いわね」

しばらく歩いたら遠く先に誰かこっちを見ている
あ!手を振っているのかな?

「おーい!宙君!!」

あ!ネエサンだ!
わあい、ネエサンだ!!

僕は駆けた
「宙!こら!引っ張るな!」
ゴシュジン、早く行こうよ!
ネエサンだよ!

僕はネエサンの前に行った
前足をネエサンの体に思いきりつけた
「こら!まだ足を怪我しているのだから、飛びかからない!」
僕の前足は、ネエサンの両手に掴まれ、すぐに地べたに下ろされた

「宙!本当に何度言ったらわかるの。人に飛び掛かってはダメよ。」
ゴシュジンの声だ
また怒られた

でも、これはやめられないんだ
教えてくれたから
やめられないの
人間にはこうするんだって
こうすればみんな喜ぶって
教えてくれたから
僕はやめないの

「さあ、うちに入って。ミチはゲートの中に入っているから大丈夫よ。接触しないようにしないとね。この間は本当にごめんね。」
「本当よ。ちょっとゲートの扉が空いていて、ミチが脱走したんだもの。勘弁してね。」
「ごめんなさいね。でもあなたのミチへの注意も怖かったわ。私が怒られているみたいだった。あなたがあんなに感情剥き出しにするなんて…」
「だって…宙が!今まで聞いたこともないような声出すんだもの。絶対に守りたかったの。」
「本当にごめんなさいね。」
「いいの。その代わり、接触はもうなしね。宙も怖がるだろうし。」

ゴシュジンとネエサン、何を話しているんだろうなあ
僕はお腹が空いたなあ
ミチもきっとお腹空かせて、イラついているんだろうなあ

ネエサンの家の前に着いた
「お待たせ。じゃあ、うちに入ろうね。」

ガチャ!
開けた途端
小さくて黒い何かがいた

ミチあいつだ!

「ネエサン、どういうこと?」
「ごめんなさい、またゲートが開いていたのかしら…」

「宙!ミチ!」
ゴシュジンが叫んだ

ミチが僕の前に来た

僕は一歩下がった

ワン!!

前足をしっかり床につけて腰を落とした

ワンワン!ワン!
僕はじっとミチを見た

ミチは近づいてきた

僕はまた一歩下がった

ワンワンワン!
僕はじっとミチの目を見た

ミチも僕を暫く見ていたけど
そのうち僕にお尻を向けて黙ってゲージの方に去っていった

「ああ…びっくりした…」
ゴシュジンが僕の顔を撫でた

「宙、どうしたの?今まで見たことがないポーズするのね…」
ゴシュジンがさらに僕を撫でた
「でも、よかった…」

「ごめんなさいね。でも、よかった…ミチもおとなしいわね」
ネエサンも僕の前に顔を出した

「本当だね。柴犬同士、何か会話でもしたのかな?」
「まさかね。」

その後、僕はネエサンの家に入り、いつもの部屋に入った
僕は床に腰を落として丸くなった
「宙、お疲れ様。今日はゆっくり寝て明日お散歩行こうね。」

オサンポ?わあい、嬉しいな
僕は立ち上がった
「こらこら、今じゃなくて。明日。今は座って。お座り!」
なあんだ、オサンポじゃないのか…
僕はまた丸くなった

「宙、お疲れ様。おやすみ…」

カチ!
僕の周りが暗くなった

カチャ、パタン
ゴシュジンが部屋の外に出た音だ

ふう、僕は息をまた吐いた
何だか疲れたなあ
僕はそのまま目をつぶった


チチチチ…
暫くしたら音がした

あ、これは鳥の声だ!
目を開けた

明るい
でも、眩しくない
そうだ、お日様の光だ

「宙!おはよう!オサンポ行こうね」
僕の頭の上からゴシュジンの声がする
オサンポ!
今度こそ本当に?

僕は起き上がった
ブルブルブルブル…
体を震わせた
首に巻かれた透明なやつが邪魔だ
ゴシュジンがいる高いところに前足をつけた
「ダメよ!その体制はダメ!今日はもう起きたからすぐに支度するね」

ゴシュジンの足が床についた

「さあ、カラー外そうね。」
ゴシュジンが僕の目の前にいる

パチンパチンパチン!
カチャ!
僕の首輪にリードがついた
わあい、オサンポだ!

カチャ
部屋の外に出た

「おはよう、宙君」
ネエサンだ!
…と思ったら、その横に…ミチあいつがいた
でもミチはおとなしくネエサンの横にいた

「じゃあ、みんなでお散歩行きますか」
ネエサンが声をかける

ガチャ!
扉が開いた
「じゃあ行こうか。」
ネエサンの声と共に僕たちは歩いた


サラサラサラサラ…
暫くすると、カワの音がした

あ!いい匂い
僕はカワの近くの草むらに鼻を寄せた
クンクンクン…いい匂いだなあ…嬉しいなあ…

『クンクンクン…』

僕の目の前にもう一つ別の音がした
ミチあいつの鼻面だ

『おい、大丈夫かよ』

え?ミチの声?
ミチが…ミチが喋ったぁ??

『大丈夫って何が?』
『だから…足だよ』
『足?これのこと?うん、全然大丈夫だよ。ちょっと突っ張るけど全然平気!』

『…悪かったな…』

『え?何何??どうしたの?何が悪いの?』

『…』

『ねえ、ミチ!ミチもこの草の匂い好きなの?』
『『スキ?』…俺にはわからない…お前が嬉しそうで…匂ってみた…』
『そっか!いい匂いだよね!』
僕はもっとミチに近寄った

ウウウウウ!
ミチが唸った

あ、やっぱりまたミチに怒られた…

それからミチの声はまた聞こえなくなった

「宙!行くよ」
ゴシュジンが僕をリードで引っ張った

まあいいか!
僕はゴシュジンの隣を歩いた

「わあ!柴ちゃんだ。かわいい」
遠くから声がする

え?僕をかわいいって?
誰々???
僕は声のする方に向いた

「こら!宙!やめなさいって」
えーーー!だって、かわいいって言ってくれるんだよぉ!
僕はもう一度抵抗した

「ダメだって!前足完全じゃないんだから!その女癖!どうにかしなさい!!」

僕は引っ張られた…
もう、ゴシュジンは僕の邪魔をして!

仕方なく、ゴシュジンの方に向き直して歩いた

サラサラサラサラ…
カワの音がする
いい匂いだ

ゴシュジンと一緒
ずっと一緒

嬉しいなあ

サラサラサラサラ…
朝の川の音
キラキラ眩しいカワの音

ゴシュジンと歩いた

ずっとずっと

ずっと一緒に

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