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モモコのゴールデン街日誌 「虹」

サントリーのウイスキー『角』が手に入らなくなるというウワサを先月くらいに聞いた。

店を閉めたあと、朝ごはんのオムライスを食べに行くG1通りの「ヒロシの店」のヒロシくんが教えてくれた。

その理由は、韓国アイドルグループのBTSのメンバーが、とあるインタビュー記事で、

「ボクが家呑みするときはいつも『角』のハイボール」

とかなんとか言ったらしく、それを聞いた海外のファンは、日本に来るとドン・キホーテなどで、買いまくっているから、らしい。

それが本当の理由かは分からないが、今や日本のウイスキーは、いまやプレミアがついている『山崎』や『響』にとどまらず、『角』までもが人気なのである。

「だからここだけの話し、ソワレさんのところでも『角』をストックしておいた方がいいですよ」

まあまあ、ヒロシくんも大げさだなあと思い、『角』くらいならいつでも手に入るだろうと思っていたのだが、先週ソワレに行くと、なんと本当に伝票の『角』のお徳用ビッグサイズの欄に「品切」と書かれているではないか。

そして、偶然にも、いつもの酒屋さんのエイコーさんのお兄さんが、生ビールのサーバーのメンテナンスをしに、オープン前の店に入ってきた。

聞くと『角』は、なんらかの理由で本当に欠品するらしく、

「違う銘柄のものに変えるとか、しないといけないですね。レモン味入りのやつならあるんですけどね」

という。困ったもんだ。

今、日本の「良きもの」的な商品は、ウイスキーだけではなく、円安も手伝っているのか、海外の人たちに消費されまくっている。

モノだけではなく、コンテンツも大人気である。アニメやドラマ、音楽、ファッションが中心だ。

ソワレを訪れる20代の海外の若者は、わたしが店でかけているシティーポップスを「日本語で」口づさんんだりするし、下北沢に行って、古着を箱にいっぱい大人買いする子たちもいる。日本の古着屋はセンスが良く状態もいいから、だという。

この日、ひとりで店を訪れたオランダ人の男の子は、日本のカルチャーを消費するだけではなく、なんと日本の音楽に影響を受け、日本で音楽活動をするために来たという26歳のアーティストくんだった。褐色の肌とみどり色の目をしており、おそらくトルコ系の移民の2世かなにかだろう。

ギターとボーカルをやるソロアーティストだそうで、日本でバンドを編成しようと思い、現在、仲間たちを集めているらしい。日本語も片言だが、話せるようだ。

「コレいいですね、この曲はなんですか?」

「荒井由実の曲ですよ。ユーミン」

わたしがかけている曲を教えてあげると、真剣な眼差しでShazamでサーチしている。

「マツトーヤじゃないの?」

「70年代のユーミンよ」

彼が影響を受けた音楽は、子どもの頃から見ていた日本のアニメがきっかけだったという。

最初は、アニメ『シティーハンター』のサントラを聞いて夢中になり、その後はXJAPANやL'Arc〜en 〜Ciel、そしていちばん好きなバンドはWANDSなのだそうだ。

日本の音楽もカルチャーも、なんでも吸収してしまおう、という意気込みがあった。隣りに座った日本人のおじさんからは、日本のパンクロックのおススメなどを聞いて教えてもらっている。

そんな話しをしていると、20代くらいの日本人の若いカップルが元気よく入ってきた。

「この店だよ!」

連れの女の子の手をひいて、ちょっと興奮気味だ。

「あれ?お兄さん、前も来たことありますよね?」

見覚えのある顔だったので、そう聞いてみた。

「そうです!去年ここに来たんですよ!ね?本当でしょ!」

と彼女に話しかけている。

お兄さんは昨年の春ごろ、深夜に来た。

コロナの緊急事態でまだ街に人通りが少なかった頃だったので、数少ない客の顔を思い出すことができた。

昨年は本当にヒマだったので、この若いお兄さんがリクエストした曲まで覚えている。『ゴールデン街リクエスト』というプレイリストに残っていたのは、映画『耳をすませば』の挿入歌のアメリカン・カントリーソングの日本語版の『カントリーロード』と、それからMaroon 5が歌うカノンをモチーフにした曲『Memories』、そして荒井由実の『やさしさに包まれたなら』だった。

ちょうどさっきからユーミンをかけていたので、続けてこの曲もかけてあげた。

選曲からして、素直で優しい、いい子なんだなあとほっこりしていると、

「オレ、この人と先週、婚約したんです!お姉さん覚えてますか?あの夜、この壁にオレ、願いごとを書いていったんですよ」

といって、店の天井を指差した。

ソワレの壁は、店を訪れた海外の客が記念に残した名前の落書きでいっぱいなのだが、コロナ禍の頃は外国客もほとんど居なかったため、もしかしたら、ヒマだったことも手伝って、わたしが「この壁に願いごとを書いたら?」とかなんとか、適当なことを言ったのかもしれない。

「確か、このへん...あ!あった、あった!これです!『最高の女性と出会えますように』って、ほら、日付も、オレの名前も天井に描いてあるでしょ!それで、そのあと、本当にこの人に出会って、オレ婚約したんです」

彼女は小柄なので、天井に近づいて良く見ることができないでいたので、お兄さんがぐっと抱き上げて、見せてあげている。

「ホントだ!〇〇君のなまえだ!」と言って、嬉しそうに確認している。そして、

「コレってデス・ノートみたいですよね♪ あ、ちがう!ラブ・ノートか!」

「そっか!この天井の奥の方に願いが叶うパワーがあるのかもしれないね。あなたも願いごと、描いていったら? ほら、日本で、音楽で成功するようにって」

オランダ人の若いアーティストくんにもサインペンを渡してあげた。

その他の客も、オレも、わたしも、と言い、天井に向けて首と腕を伸ばして描きはじめた。

ちなみに、この記念の壁の落書きは、最近あまりに増えすぎて、カウンターにまで描き始める人がいるため、ソワレのグループLINEのなかで、オーナーのソワレくんから「さすがに、カウンターはちょっと困ります。もう断っていいから」と従業員全員に周知されたところだ。

だから、今日を最後に、来週からはもう積極的に勧めるのはやめようと思っている。

「願いごとが叶う天井」なんて、もちろん、酔っぱらいの、適当なこじつけだ。おそらくだが、世界中の観光地にある”パワースポット“なるもののはじまりなんて、おおよそこんな感じなのかもしれない。

しかし、どこかで、天井の奥の方に本気で願いごとを描いてみたいと思っている自分もいた。

「大人になっても奇跡は起こるよ」と歌うユーミンを聴きながら、自らいい始めたテキトーな “ラブ・ノート“ を信じたくなり、笑ってしまう。

朝、店終わりに、そっと描いてみようか。

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虹作る男と雲掃き出す女 夜桃

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