私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #98 Satomi Side
毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。さとみと琉生は結婚を前提に同棲を始める。小さなケンカやすれ違い、違和感を感じつつも、どうすり合わせていくのかを模索している。そんな中、潤が仕組んだいくつかのことをきっかけに、潤はさとみとの距離を縮めていく。
▼時間軸としてはこちらの続きです
▼こちらとはほぼ同時刻です
「じゃあ、俺、車停めてくるんで、ここで」
「うん、ありがとう」
大雨の中、潤くんに会社まで送ってもらえて助かった。
会社の車寄せで潤くんと別れたあと、私の頭の中はさっき言われたことでいっぱいだった。
「さとみさんは慎重に物事を進めて行くタイプなんですから、そこはしっかり自分を持たないと。彼氏さんのペースに巻き込まれたら後で後悔するかもしれませんよ」
私は、自分の感じているモヤモヤしたものを、はっきりと言語化するのが苦手なのだ、きっと。
「そこに違和感があるから、決断出来ないんじゃないですか」
その違和感を、潤くんが言葉にしてくれると、すっと入ってくる。
「本当に好きなら期間とか関係なく、結婚しようって言われたら嬉しいもんです。でもそこを迷うのは、、、」
本当にその通りだった。じゃあ、なぜ、琉生に結婚しようと言われて素直に喜べないんだろう。
やっぱり7歳という年の差なのだろうか。それともつきあった年月?
私はぼんやりとそんなことを考えながら、総務に着いた。
「おはよう」
いつも早い嘱託のヨシダさんが笑顔で迎えてくれた。この笑顔を見るとほっとする。私は脳を仕事モードに切り替えた。
「おはようございます」
そういって、ふとスマホを見ると、光先輩からLINEが入っていた。
「ごめん、子供が熱で、今日休む。始業時間になったら会社に電話する」
送信時間を確認すると、今から30分ほど前に送られていた。ちょうど潤くんと車に乗ったころだ。
え・・・どうしよう。気付いていなかった。仕事としては全く差支えないが。
「すいませんー」
何と返事をしようか迷っていると、他の部の社員が書類を持って来ていた。
「はい。なんでしょう?」
私はスマホをしまって、その対応にかかる。
なんとか終わった・・・と思ったら電話が鳴った。社名を名乗ると、電話の相手は光先輩だった。
「すみません!光先輩。朝、バタバタしててLINE気付かなくて」
「大丈夫だよ~。始業前だもん。こっちこそ、朝からごめんね」
「お子さん、大丈夫ですか?」
私はLINEを返していなかった申し訳なさと、お子さんの心配で泣きそうになった。
「なんであんたがそんな声出してんのよ」
光先輩はいつもの気丈な声だった。
「だって、まだ1歳なのに・・・」
「そんな、大げさ。保育園行ってたら、熱くらい出すよ。死ぬわけじゃないから、大丈夫」
さすが光先輩だ。第一子なのに、どんと構えている感じ。
「そう、ですか。なにか、どんな病気とか・・・」
「あ、うん。扁桃腺かな、だって。ふつーの風邪薬出された。あとはトッパツ?とかいう、子供は誰でもなるやつかもしれないって」
「そうなんですね」
大病じゃないということで、少し安心した。が、光先輩もお子さんもつらいのには変わりない。
「っていうわけで、ごめんだけど、しばらく会社休むわ。下手したら今週いっぱいかも」
「あ、全然大丈夫です。こちらはいつも通りなので」
「いけそうになったら、またLINEする」
「はい。わかりました。お大事にしてください」
私はそういって電話を切った。
「光ちゃん、休み?」
ヨシダさんが、新聞から目を離してこちらを向いた。
「はい。お子さんが発熱されたそうです」
「そうかー。まあこっちはいつも通りだろうし、大丈夫だろうけど。光ちゃんに連絡することがあったら、ヨシダの爺も心配してたって言っといてくれ」
「はい」
私はいつものように業務に取り掛かろうとすると、聞き覚えのある声に呼ばれた。
「さとみさーん。社用車の鍵、返しにきました」
「あ、潤くん」
そうか。社用車の鍵は総務が管理している。それであれば駐車場まで一緒にいって、私が持ってきてもよかったのに。
「ごめん、私が預かればよかったね」
「え、でもこの鍵、原則、車を借りた本人が返さないといけないんですよね?」
「あ・・・ああ、それはそうなんだけど」
「全然いいっすよ。さとみさんに会えるなら何回でも来ますから!」
「あ・・・うん。確かに、返却されました」
私は鍵の管理シートにチェックをした。
「彼氏さん出張って、遅いんですかね?」
「ええ?!ど、どうかな」
唐突に潤くんが尋ねてくる。あまり会社でプライベートな話はしたくないんだけど。ちらっとヨシダさんを見ると、新聞を読んでいる。うん、聞こえているんだろうけど、知らんぷりしてくれているんだろうなあ。
「もし彼氏さん遅いようだったら、また飯食いにいきません?」
私の目線がヨシダさんに行ったことを察したのか、潤くんが少し声のトーンを落とした。
「まだわからないんだけど・・・」
合わせて私も声をひそめる。悪いことをしているわけではないんだけど、潤くんが彼氏ではないということを知っているヨシダさんの前では、ちょっと約束しにくい。
「あ、じゃ、わかったらLINEください!俺は空いてますんで。仕事も定時で終わらせます」
「わ、わかった」
私は強引に潤くんに押し切られるように、返事をする。
ニコニコしながら手を振って帰っていく潤くん。屈託ないんだよねえ。私はなんとなくほっこりした気持ちになりながら、自分の席に戻る。やりとりを見ていたヨシダさんから、声がかかった。
「ワンコくん、めげないねえ。さとみちゃんに彼氏いるってしってるんだろう」
ヨシダさんにそう言われると、ものすごい罪悪感に襲われる。
「私の対応、よくないですか・・・?」
「まあ、“友達”の範囲ならいいだろうけど」
「“友達”・・・」
友達になろう、と提案したのは私だ。だけど、潤くんの私への想いも、もちろん知っている。最初はどこまで本気なのかわからないと思っていたが。
彼のキャラもあって、私も心を許しているけど、潤くんは今の状態をどう思っているんだろうか。
今夜・・・聞いてみてもいいかもしれない。
普段は。急かすようでしないLINEを、琉生に送ってみた。
「今日、夕飯どうする?何時ごろ帰ってくるかわかったら用意しておくけど」
琉生からLINEが来たのは昼過ぎだった。
「多分、斎藤部長や取引先の人と食べてくると思うから、俺のことは気にしなくていいよ」
「わかった。じゃあ私も友達と食べて帰るね」
私は琉生の返事を待たないで、トーク画面を潤くんに切り替えた。
「今日、ごはん行けます」
「やった!じゃあ、会社の前で待ち合わせしましょー」
ずっとLINEを開いていたんじゃないか、という速さで返信が来た。
会社の前・・・
まあ・・・“友達”で、やましいこともなければ会社の前で待ち合せたりもするか・・・。
私は深く考えずに「OK」のスタンプを返信した。
*** 次回は7月21日(水)15時ごろ更新予定です ***
雨宮より(あとがき):この話は1年くらいで完結させてようと思っているので、あと3ヶ月くらいです。
もう佳境ですねー。うまくまとめられるかドキドキしますが、徐々に伏線は回収モードです。引き続きよろしくお願いします。
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