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私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #91 Hikaru Side

毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。今回の主役「光(ひかる)34歳」はさとみの総務の先輩。営業部の斎藤拓真と社内結婚して2年経った。育休から最近、職場復帰。斎藤は社内で不倫をしているのは薄々気づいているが、誰なのかはわかっていない。

復職して1週間が経った。今のところ保育園から電話などはないが、いつお呼び出しがかかるかわからないので、気が休まらない。

総務はもともとほぼ定時で帰れるので、早めに部署変更させてもらっておいて良かった。

あと5分で終業だ。私は定時で帰れるように、荷物をまとめ始めた。

「光先輩」

振り向くとさとみがいた。小さな紙袋を私に差し出す。

「これ、よかったら。遅くなっちゃったんですけど、復職お祝いです」

「ええ?!」

手渡された紙袋を見ると、キレイな花が入ってた。

“光先輩へ”という丁寧な文字のカードも刺さっている。

「ありがとう!でもそんな、お祝いしてもらうようなことじゃ・・・」

と口では言いつつも、花なんて久しぶりにもらった。すごく嬉しい。

「本当はご飯とか行けたらよかったんですが、お子さんもいらっしゃるし、まだ控えたほうがいいかなと思って」

さとみがおずおずと言った。

「えー、そうなの?誘っていいよ。それ口実に外出できるなら嬉しいし。旦那を早く帰って来させる理由にもなる」

私は半分冗談、半分本気で、さとみを誘った。

「そうなんですね。じゃあ、また日を改めてお誘いします」

私はもっとよく見て、褒めたいと思い、そっと花を袋から出した。

「すごい、キレイ。この花、何ていうんだろう。可愛い実もついてる。センスいいお花屋さんだね。どこの花屋?会社の近くの、あそこ?」

「あ・・・それ、私が作ったんです」

さとみがはにかみながら、下を向いた。

「ええ?!そうなの?すごいじゃん。そんな技量持ってたなんて知らなかった」

私は本気で驚いた。

「最近、お花を習い始めて・・・・」

「へええ。そうなんだ。ありがとう。大事に飾らせてもらうね」

「あ、でもお子さん迎えに行くとき、邪魔にならないですか?」

「これくらいならヘーキヘーキ。ありがとね!」

そんな話をしていると、終業のチャイムが鳴った。

「じゃあ、今日もさっさと帰るけど、ごめんね!ありがと!」

「はい!お疲れ様でした」

ぺこりと頭を下げるさとみを置いて、私は急いで会社を出た。

***

夕飯の片づけも終わり、ぐずぐずしている真を寝かしつけるときも、私はさとみがくれた花を見ていた。

花をもらって眺めているだけで、気持ちが優しくなる。いつもはうんざりする真の寝ぐずりの声も、心穏やかに聞こえるから不思議だ。

ガチャっと鍵が開く音がした。

拓真だ。

私はまだギリギリ寝付いていない真を、トントンと叩きながら寝室で息をひそめる。

すっと引き戸が開き、拓真の顔が見えた。

“まだ、だめ”

私がアイコンタクトで拓真に伝える。察した拓真は、そっと引き戸を閉めた。

しばらくして、冷蔵庫を開け閉めする音やグラスを用意する音が聞こえてきたので、ひとりで晩酌を始めるつもりなんだろう。

私はひとしきりトントンして、真が寝息が確実なのを見届けて、起き上がった。

「お帰り」

「ただいま」

拓真のグラスは半分くらいになっていた。

その手元には不動産屋の名前が書いてある封筒。

「あ、部屋借りてきたよ」

「え?」

さっきまでのご機嫌なムードから、一気に奈落に突き落とされるような気持ちになった。

「そんな・・・勝手に・・・」

私はまだ見ぬ拓真の不倫相手に、マグマが沸き上がるような憎悪を感じた。

「勝手って。ずっと相談してただろう」

「あんなの相談じゃない!一方的に拓真がこうするって決めて、推し進めただけじゃない」

拓真の顔から笑顔が消える。私は我慢ならなくなり、声が抑えられなくなった。

「相談っていうのは、お互いの妥協点を探って最良の答えを出すことじゃないの?拓真の希望しか叶ってないじゃない」

「実際仕事に差し支えるから仕方ないんだよ」

無表情のまま、拓真が言う。

「嘘つき」

私の中で沸き上がる憎悪は止まらない。口から汚物を吐くように、私は言った。

「どうせ女と住むんでしょう」

「どうしてそうなる」

「匂いよ。気付いてないかもしれないけど、遅くなる日はいつも甘い匂いだったりお風呂上りのお湯の匂いがする」

「そんなことか」

拓真はまたいつものポーカーフェイスに戻った。

「確かに女の子がいる店で飲んだりはするよ。その匂いじゃないかな。あと光はしらないかもしれないけど今は空前のサウナブームでね。若い連中と時々寄ってから帰ってくるから、それがあるのかもしれない」

「そんなのに騙されないわよ」

私は拓真をギッと睨む。

産休、育休中に好き放題しやがって。私の怒りはとどまることを知らない。

「とにかく別居なんて嫌だし認めない」

私は叫びまくるのは大人げないと思い、声を抑えて言った。

「だって俺が帰ってきたって、何にもできてないし、2人のほうが羽が伸ばせるだろう」

「何言ってるの?そんなわけないでしょ?1歳の息子がいるのに家に帰ってこない父親なんて異常よ、異常!」

また感情に任せて、声のトーンが大きくなってしまった。私は唇を噛んで、なんとか気を抑えようとしたが、難しい。

「平日は無理でも、土日は帰ってくるよ。単身赴任だと思ってくれ」

まだグラスに1/3ほどビールが残っているのを持って、拓真が立ち上がる。

「いや。無理。そんなの認めない」

私の声を打ち消すように、拓真がビールをシンクに捨てる。ジャっという音がやけに響く。

「来週には出るから。そんなに心配なら、抜き打ちででも一度見にきたらいい」

そう言い残して拓真は風呂場に向かった。

私は、怒りで身体が震えていた。

心を落ち着けるべく、さとみからもらった花を見たが、先ほどの安らかな気持ちとは裏腹に、燃えるような怒りと憎しみに支配されていた。

相手はどんな女なのか。一人なのか、複数なのか。復職する前は、突き止めようとも思わなかった。子供と向き合うだけの時間ばかりで、自分の考えがおかしいのかと思っていたから。

しかし、復職して、普通に「大人」と会話をするようになり、少しずつ過去の精神状態を取り戻してきた今。もしかすると今、いろいろ突き止める時なのかもしれない。

私は、まず何をすべきなのか。

スマホで「夫 不倫 疑惑」を検索すると、ばっと忌々しい検索情報が出てきた。私はまずそれをかたっぱしから読むことを始めた。


*** 次回は7月5日(月)15時ごろ更新予定です ***

雨宮よりあとがき:私は夫に不倫はされたことないのですが、20代のころ2人くらい妻子持ちと付き合っていまして。よく無事だったなーと思います。正直、好きというよりお互いの暇つぶしと興味本位だったので、奥さんと別れて略奪したい、という人の気持ちはわかりません・・・。一方で、好きな人に二股三股かけられていたのはしょっちゅうだったので、ある意味怒りまくっている光の気持ちにも若干寄り添えるかな(笑)というわけで、キャラクター増えてますが、光でおそらく最後なので、由衣との対決も楽しみにしていただければと思います。


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