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私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #157 (最終回)

毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛で同棲中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。志田は一時期デザイン部の由衣とセフレになる。しかしさとみを想い続ける志田のアプローチで、さとみは志田とも関係を持つが、流されやすい性格を自認し、それを変えるべく双方に別れを告げた。志田と琉生の上司、斎藤は、社内で由衣と不倫をしていたが、由衣の妊娠が判明し、失踪。今回の話はあれから8年後の話です。

「さとみ。お花の位置、こんな感じでいいかな?」

朱美がショーウインドウの花の位置を直しながら、声を掛けてきた。

「うん、さすが朱美。イメージ通り」

朱美は私のフラワーアレンジメントのキャリアが始まったあの日、展示会の会場で出会った2つ年下の女性。
今週、一週間アルバイトとして来てくれている。私が朱美をライバルと思ったことは一度もないが、勝手に「ライバルで戦友」といいながら、何かと手伝ってくれる。

「すごいよね、さとみ。まさか大手花材メーカーのフローリストを辞めて、独立するなんてさ。私がその地位ほしいくらいだよ」

「朱美だって、TVや雑誌で引っ張りだこじゃない」

私は花を束ねながら、笑った。

朱美は、私と出会った展示会の出展後、動画サイトに投稿していたデモンストレーションが話題となり、メディアに露出するようになった。今や世界中からイベントで声がかかるフローリストだ。本来、E社のフローリストどころか、こんな田舎の花屋のオープニングを手伝うような人ではなくなっているのに、

「オープンの準備を一人でするって?狂気の沙汰だよ、それ」

と言って、手伝いに来てくれたのだ。

「夕飯、どうしようか。よかったら、私、作るけど」

時計を見ると、もう21時を回っていた。

「バカ!明日、アンタが主役なのよ?飯なんて、なんでもいいって。あ、ピザ取ろう、ピザ。さすがにピザのデリバリーくらいあるでしょ?で、しっかり食べて、さっさと休みなさい」

「う、うん」

知らない土地のはずなのに、さっさと近所のピザ屋を調べ、注文する朱美。私も昔よりいろんなことをテキパキできるようになったつもりだけど、朱美には敵わない。

私は、琉生と別れた後、この街に引っ越してきた。都会ではどうしても花や自然に触れることが少ない。樹木はビルの合間の街路樹程度、花はキレイに並べられた駅前やビルの中にある花屋ばかり。

習いながら、行き詰まっている時に気がついたのは、都会では花業界が作った流行にしか触れらないということだ。オリジナリティがある作品を作るためのインスピレーションが沸かない。

だから、多少通勤に時間がかかっても、休日ゆったりできる、自然豊かな土地に住みたいと思ったのだ。

縁もゆかりもない土地だったが、特急も止まり、会社まで一本でいける。選んだ理由は海が近いということだけだったが、駅前には小さな商店街があり、アットホームな雰囲気なのも気に入った。

総務をしていた広告代理店には35歳まで勤め、キャリアに迷っている時に花材メーカーから声がかかり転職。プリザーブドフラワーのカタログなどに載せる作品を作る仕事を5年やって、独立を決意。

気がつけば40歳になっていた。

「昼間見たけど、ここの立地、すごくいいよね。海が見える高台の花屋なんて、最高じゃん。よくこんな土地見つけたねえ」

「この近くのマンションに住んでたから。ここの家が売りに出されたのを知って、すぐ連絡したんだよね」

「でも集客は大丈夫?駅からはちょっと離れるし。この街にこだわるにしても、駅前の商店街で探してもよかったんじゃないかな」

朱美が少し心配そうに言った。

「でもこの建物が良くて、買ったからね」

確かに、普通の人なら駅前がいいと言うだろう。でも私はこの建物が気に入って購入したので、ここ以外の選択肢はなかった。

私が花屋に選んだ建物は、築80年ほどの洋館だった。海の街ということもあって、傷みが激しいこともあり破格の値段で購入できた。以前の持ち主がなくなった後、その親族が維持できなくなり手放したという。

以前から、たまに散歩などをしているときに見かけていた建物が、売りに出されていると知ったときは、運命かもしれないと震えた。自分がいつか花屋をやるなら、こんな建物がいいな、とイメージしていた場所だからだ。

1階を花屋にして、ちょっとお茶を飲める場所も作りたい。そして、2階を住居にする。そんな場所が老後にでも手に入ったらいいのに、と考えていたのに、この建物に売り看板が出された。

それを見た私は、即、不動産屋に電話をした。迷いはなかった。当時は大手の花材メーカーに勤めているということで、ローンも組めたし、もやもやしていた10年が嘘のように、全てのことがピタッとハマって、すべてのことが順調に流れていった。

私と朱美は、ピザを食べて、一緒に2階で眠った。明日から、どれだけ忙しくなるんだろう。準備はできるところまで全部したつもりだ。

あとはなるようにしか、ならない。折込チラシは、この街全体に入れてもらった。SNSにも投稿した。ささやかに予定している夕方からのオープニングパーティーには、昔の知り合いや、お世話になった人に招待状を出した。

どれだけの人が来てくれるかわからないけど、もう後には引けない。やるしかないんだ。

***

「さとみ、さとみ」

朱美に起こされた私は、がばっと起きた。まだ6時だった。

店のオープンは10時。通勤時間があるわけでもないので、7時くらいに起きて、朝食を取って、それから最終準備でも十分間に合うと思ったのだが。

「なんか、ドンドンってドア叩く音がする。誰か来てるんじゃないかな」

「え?」

確かに階下から、ドアを叩く音がする。私は急いで着替えると、1階のドアを開けた。

「さとみちゃん、ごめんね、朝早くから。今日、お店、オープンでしょ?きっとご飯食べる時間もないと思ったから。よかったらこれ、食べて」

駅前のパン屋の奥さんが、紙袋に山盛りのパンを抱えて立っていた。

「うちも店始まったら来れないから、焼き立て届けたくって。じゃあ、頑張ってね!あとで落ち着いたらまた来るから」

「あ、ありがとうございます」

朱美も降りてきて、山盛りのパンを見て目を丸くする。

「すごいね、人望?」

「う、うん。どうかな」

それから朱美と朝食に、とコーヒーを淹れ、パンを食べ始めると、まだドアが叩かれた。

「はい・・・」

ドアを開けると魚屋のおじちゃんが立っていた。

「さとみちゃん、今日花屋オープンなんだろ?これ、おっちゃんからのお祝い。焼くだけですぐ食べれるから」

渡された発泡スチロールには、鯛がぎっしり入っていた。後ろから朱美が覗き込んで・・・・引いている。

「あ、ありがとうございます」

おじちゃんが帰ってから、朱美が素早く鯛を冷蔵庫に移してくれる。私も手伝う。

「さとみ、一人暮らしだよね?これ、10匹くらいあるよ?」

「夕方からのパーティーに出そうかな。ケータリング頼んでるけど…」

それから、朝ごはんもままならないほど、近所の人や商店街の人たちが、代わる代わる来て、いつの間にかオープンの時間になってしまった。

いつ、ちゃんとオープンしたのかわからない。SNSで見たという人、隣町から聞きつけたという人。花材メーカーのカタログの作品が好きだったというファンの人など、夕方頃まで人が途切れることはなかった。

朱美と用意したアレンジメントやブーケは昼前に売り切れ、午後からは接客をしながら商品を作り続ける、という状態。

「さとみの人脈、すごすぎる」

朱美が手早くアレンジメントを作りながら、囁いた。

「うん、でも今日だけだったらどうしよう」

これだけの人が今日来てくれるのは嬉しいけど、明日から閑古鳥なんじゃないか。不安がよぎる。これが、終わったら昼ごはんを食べよう、と思いながら、次々に来る人を対応していたら、結局、夕方になってしまった。

「さとみ」

大方の接客を終え、パーティーの準備をしていると、ひょっこり、見知った顔がドアを開けた。

「光先輩!!」

ひさしぶりの光先輩だ。

退職した後も、たまにLINEはしていたが、会うのは久しぶりだった。

「すごいな〜。ほんとに夢叶えたんだね」

光先輩が店内をグルッと見て、感嘆した。

「はい、もう、周りの人たちのお陰です。もうすぐパーティー始まるので、中にどうぞ」

「うん、これ、ケーキ。みんなで食べて。お祝いに花?と思ったけど、花屋に花あげるのもどうかと思って」

ああ、そうか。朝からお祝いに食べ物が続いていたのは、皆のそういう配慮だったのか。
今更気がついて、胸が熱くなる。

「今日、真くんは?」

「あー、もう小4だからさー。そういうの興味無いっていって、私の実家でゲームしてる。ばーちゃんもいるし大丈夫でしょ」

「そうなんですね、会いたかったな〜」

私が会社を辞める頃は、保育園だった真くん。小学生になってるのか。

「さーとーみさんっ」

懐かしい声。振り向くと、潤くんだった。
隣には、小学生くらいの女の子を連れた女性。

「潤くん・・・と、もしかして、井川さん?」

「あ、はい。ご無沙汰してます。その節は・・・いろいろありがとうございました」

“その節”は斎藤部長が失踪したことだろう。斎藤部長が妊娠した由衣さんを置いていなくなってから、多分8年は経つ。当時はギャルっぽかった井川さんはすっかり大人の女性、お母さんという雰囲気になっていた。

私は潤くんが井川さんの手をつないでいることに気がついた。そしてこころなしか井川さんのお腹が膨らんでいる気もする。

「えっと・・・もしかして、二人・・・」

「へへっ。先月やっと籍入れてくれたんですよ、由衣さん。ちょっとさとみさんに言うのも複雑なんですけどねー」

潤くんは笑い、由衣さんは顔をしかめた。

「そうなの?!おめでとう!!」

私は井川さんの手を取った。斎藤部長が失踪した時のことや、その後、しばらく潤くんから由衣さんを心配している話を聞いていたので、自分のことのように嬉しい。

潤くんとは、会社を辞めてから疎遠になってたので、由衣さんとの話が進んでいて、良かった。

「まあ、“こっち”もう6ヶ月なもので・・・さすがに・・・」

由衣さんが膨らんだお腹に手を当てた。

「おめでたなんだねー。よかったねー」

潤くんなら、きっと井川さんを大事にしてくれる。いつもどおりニコニコしている潤くんと、あの頃と同じ不機嫌な表情の井川さん。私は姉のような気持ちで見つめた。ほわっと気持ちが暖かくなった。

「あ、こっちは娘の由希です」

「はじめまして、佐倉さとみです。大きくなったね」

由希ちゃんは恥ずかしそうに、ペコリと頭を下げた。由希ちゃんは、斎藤部長と井川さんの娘のはずだ。大きくなったね、と言っても私は妊婦の井川さんしか、知らない。

が、8年も経ったのだ。あの頃、ここにいる誰もが苦しんだり、悩んだり、恋い焦がれあって・・・バタバタとしていたのが、懐かしく思い出される。

若かったな、あの頃。なんて思ったら、今はなんて平和なんだろう。

こんな穏やかで楽しい日が来るなんて、あの頃は想像できなかった。

「何?友達?よかったら、パーティー始まるし、中に入ってもらったら」

朱美がまるで自分の店のように、潤くんたちを中に招き入れた。

「なんだ、同窓会か?」

聞き覚えのある声。振り向くと予想外の人物が立っていた。

「りゅう・・・せい・・・・」

大人っぽくなっていたが、そこに立っていたのは間違いなく琉生だった。

見間違い?幻?と思うほど、予想外の出来事だった。

別れてからは、部署とフロアが違うこともあり、会社でもほとんど会わなくなった。私も避けていたし、琉生も同じだっただろう。

「ごめん・・・志田に聞いて・・・」

気まずそうに琉生が、横を向いた。

「どうしても・・・ちょっと見たくて。もう、迷惑だったらすぐ帰るし」

「そんなことない」

私は自然に琉生の手を引いた。

「中に入って、見ていって」

フラワーアレンジメントを習い始めたキッカケを作ってくれたのは琉生だ。
だから、花材メーカーに転職が決まった時など、ことあるごとに感謝を伝えたいと思っていた。が、自分勝手に別れを告げたのは私だったから。
琉生が出ていったあとは、連絡を取るタイミングもなく、そのままになってしまっていた。

だから、こうやってもう一度会えたのは、驚いたけど、嬉しい。

「さとみー、もうパーティー始まるよ?」

朱美が、私たちを呼びに来た。

「うん、すぐいく。琉生も、行こう」

「ああ」

琉生、すごく大人っぽくなった。あの頃もかっこよかったけど、落ち着いた雰囲気で、貫禄もある。

私の7つ下だから、もう33か。たった2年弱しか付き合ってたなかったのに、こうして会うといろんな思いがこみ上げてくる。

もう会うことはないと思ってたのにな。

懐かしい気持ちとともに、泣きたいような、なんとも言えない気持ちになった。

***

「ごめん、琉生に片付け手伝ってもらう事になっちゃって」

私は来客の対応で精一杯だったので、お酌や料理の段取りなど朱美がやってくれていたのだが、最後は酔いつぶれて寝てしまっている。

オープニングパーティーは、昔の会社の人、直近まで勤めていた花材メーカーの関係者、今、お付き合いのある商店街や街の人たちが入れ替わり立ち替わりで、大盛況だった。

最後まで残ってくれていたのは、琉生だった。

「琉生が一番のVIPなのに」

私はそう言ってから、まだちゃんと御礼を言ってないことに気がついた。

「ありがとう」

「なんでだよ、全然だろ。呼ばれてもないのに来てるんだから、片付けくらい手伝うよ」

琉生はあの頃と同じように、笑った。

「ううん、そうじゃなくて。ここまで来るののキッカケを作ってくれたのは琉生だから。その意味のありがとう、だよ」

「あ、ああ。まあ、俺が見る目あったってことだろ」

琉生は少し照れたのか、食器を重ねる手が早くなる。

「朱美も1週間、ほとど手伝ってくれてたから疲れたんだと思う」

私はテーブルに突っ伏している朱美に、ブランケットを掛けた。

「しっかし、すごい人数だったな。あれ、全部、さとみの関係者ってことだろ」

「うん」

小さなマンションで、琉生と潤くんと、会社だけがすべてだった世界から比べたら、一転した人生。

ただそれは8年かけて、ひとつひとつ積み上げてきたもの。一人一人との出会いに物語があった。

「琉生は元気?」

「うん、まあ、ふつーに」

軽口で、思わず彼女できた?と、言いそうになった。が、私はそれを飲み込んだ。
こんなにかっこよくなっている琉生に、彼女がいないわけがない。

事実、会社を、辞めるまでは、私と別れた後にちらほら女の子と噂になっているのも聞いてたから。

そこから共通の話題が見つからず、しばらく二人で黙々と片付けをした。同棲していたころも、こんなふうに二人でキッチンに立っていたな。懐かしい・・・。

「ま、こんなもんか。大体片付いたな」

洗い物まで終えて、手を拭きながら琉生が周りを見渡す。朱美はまだ寝ていて起きそうにない。

「うん、ありがとう。あとは明日の朝にでも朱美とやるから、もう大丈夫だよ」

私は琉生の上着と鞄を取りに行った。

「あのさ、今日、お祝いはわざと持って来なかったんだ。さとみのところで花、買わせてもらおうと思って。ご祝儀と思って、花束買わせてよ」

「え、あ、うん。いいけど」

私は店頭をちらっと見た。予想外の来客数で、店頭はスカスカなのだ。

「明日また配達で来るんだけど・・・。大分売れちゃって、そんなにいいの残ってないんだけど、大丈夫?明日で良かったら、作って配達してもらうよう手配するけど」

私が遠慮がちに提案した。やっぱり琉生にはいいものを持って帰ってもらいたい。自分の中で出来る、最善の提案のつもりだった。

「いや、今がいいかな。さとみのセンスならあるものでできるだろ」

琉生がイタズラっぽく、笑う。

「うわあ、プレッシャー・・・」

私は仕方なく、店頭で花を選び始めた。あまり鮮やかな色が残っていないので、優しい色味でまとめようか。私は即座にコーディネートを考え始めた。

「お家に飾る?お手入れが難しくない花がいいかな」

男性ならこまめに水換えがいらない花がいいかもしれない、と思っての提案だった。

「いや、女の子に渡すから、できるだけ大きくて華やかにしてほしい」

女の子、と言われて心臓がズキン、と鳴った。
やっぱり。

・・・そういう相手いるんだ。

古傷が痛むような、感覚が走る。

いや、私に傷付く資格なんてない。私はその痛みを感じないふりをして、花を束ね続けた。

「明日会うの?」

「ううん、今日渡す」

「今から?」

私はびっくりして、もう一度時計を見た。もう22時過ぎだ。電車はかろうじてあるだろうけど、彼女を待たせているなら、申し訳ない。

「ごめん、知らなくて、片付けまで手伝わせちゃって。急ぐね」

「大丈夫だから」

もっと早く言ってくれたら、片付けは後回しにして、作ったのに。
琉生の気遣いは、昔からだけど。

「でも・・・彼女にお花あげるなんて、素敵だね」

「確かに。さとみに花なんてあげたことなかったかも」

「ううん、一回あったと思うよ」

たしか最初のクリスマスに。

いろいろ思い出すと、泣きそうになるけど、泣くのは違うと思った。

私は最後のラッピングに取り掛かった。ペーパーで優しく花を包む。でも動揺しているのか、手が震えてリボンが上手く結べない。何とか体裁を整えると、私は正面を向く前に笑顔を作った。

「はい、お待たせ。早く行ってあげて、彼女のところ」 

花束を受け取った琉生は、その花束を見て、微笑む。

「デートじゃなくて、プロポーズしようと思ってるんだよね」

「え」

やだ、な。そんなこと聞かされたら、泣くのが堪えられない。

しかしその後に続いた琉生の言葉は、予想もしないものだった。

「結婚しよう、さとみ」

今、渡した花束を、渡される。

「え、どういう…」

意味が、わからなかった。

時が、8年前に戻ったのかと思った。私はカレンダーを見て、確実にあの頃から8年経っていることを確認する。

「さっき朱美さんから、彼氏いないってことは聞いてて…」

***

さとみはパーティーの間もひっきりなしに、喋りかけてくる大勢の人に、丁寧に接していた。

志田や由衣、光がいたときはそれなりに盛り上がったが、3人が返った後はすっかり持て余していたところに、朱美が話しかけてきたのだ。

「へー、じゃあ貴方が、さとみを花の道に入れてくれた、元彼ってわけね」

「あー、まあ、そうっすね」

朱美は琉生にワインを注ぎながら言った。

「何回か聞いてるよ。会いたいけど自分から酷い別れ方したから、会えないって、結構後悔してるみたいなこと、言ってた」

「ひど、、、くはないですけどね」

琉生はなんと返事をしていいか分からず、苦笑した。あの頃は、自分の想いだけを押し付けて・・・さとみの葛藤に気づけなかった。自分も幼かったのだ。

「私はずっと同じ教室に通ってて、仲いいつもりだけど、彼氏いたっていうのは聞いたことないな。貴方との別れ方に後悔があったのか、罪悪感からなのかはわかんない。けど傍から見ていて忘れられないんだろうなあって思ってたよ」

琉生は思い切って、朱美に尋ねる。

「今、さとみは付き合ってる人いないってことですか」

「うん。私達が出会ってから、そういう話しは聞いたこと無いな。たまにメーカーの営業さんに告白されて、困ってたってことは聞いたことあるけどね。それも結局断ったみたいだし・・・もう、花と結婚すんのかなと思ってたわ。実際、花屋オープンするって、花と結婚したようなもんだけど」

酔っているのか、朱美はワインを煽りながら、ガハハと豪快に笑った。

「だから、もし貴方がまださとみのこと、気にしてるんだったら・・・言ってみてもいいかもね」

***

「朱美さんに言われたからじゃなくて・・・」

戸惑いながら、琉生が喋り続ける。

「今日、もしさとみがまだ結婚してなくて・・・付き合ってる人がいないんだったら、また付き合うところから、やり直させてほしいっていうつもりだったんだ」

「やり直すって、そんな」

花束を持つ手が、震える。私が勝手に振ったのに、なんでそんなことを言えるんだろう。

「あれから、何人かと付き合ったけど、やっぱり俺はさとみが忘れられなくて。駄目かな」

私が琉生を忘れようとしていた8年の間、琉生も同じだったというのか。

「あんな勝手なことして別れたのに、いいの?」

私は涙で琉生の顔が見れなくなっていた。

8年の間、何回も後悔したこと。潤くんとした浮気も許されるはずがないのに。

「あの頃はお互い、恋をする準備ができてなかったってことだろ。充分大人になったつもりだし、もう一度チャンスくれないかな」

「…私で、よかったら」

私がそういうか言わないかのうちに、琉生が私を抱きしめる。

春とはいえ、ひんやりとしていた店内。服の上からでもわかる、琉生の体温。

懐かしい、琉生のあたたかさだった。


*** おわり ***

雨宮よりあとがき:

おわり!!終わりました!
一年間、お付き合いいただき、ありがとうございました。
DMで感想をくださった方、有料noteを購入してくださった方、Twitterで励ましてくれた方、本当にありがとうございます。
また、コロナ禍で暇で鬱屈していた私に、創作するという謎なミッションを与えてくれたOさん、Mちゃんありがとうございます(もうさすがに読んでないかな)。

今年の10月頃から仕事が忙しくなって、終われないかも!と思いましたが、終われました!!

いやー、小説、難しかったです。特に感情を描くのが難しかった。どうやって書いているかというと、頭に浮かぶ映像を文字起こしするかんじでかいているので、情景やセリフは書けるんですけど、見えない内面の機微みたいなものが、どうしても書けなくて。だから小説家の人ってすごいなって思いました。

実は、書き始める前には綿密にプロットを作っていて、タイトル通り、最後は誰も幸せにならない、というか、全員別れさせて、魂(?)だけ成長させる、というエンディングを予定していました。

ただ、後半、DMとかでご感想をいただくうちに、それぞれにファンがいたり、この人を応援している!すき!幸せになってほしい!みたいなのを読んでいて、ああー、最後はやっぱりハッピーエンドがいいんかな、と思い直すようになり、こんな終わり方となりました。

もっと元々の話しでいうと、本当は読んでいて恥ずかしくなるくらいめろめろのTL&イチャラブを書こうと思ってたんですよね。ただ、私の性格が根暗&歳取ってる&ヒロイン(さとみ)の年齢高め、っていうところで、話しが暗くなってしまい、すいません。

潤と由衣の話は、そのへんのバランスを取ってくれてましたね。

あとがきでもちょいちょい書いてましたが、やっぱり自分が経験していることをちょいちょい入れていたので、そういう点では過去の自分も成仏させられたかな、と。

最終回はくっそ長くなってごめんなさい、いつもの2倍。書きたいこと全部書きました。もうあれですね、最初の頃の文体とか、稚拙すぎてぜんぶ書き直したい。

けど、終わらせたから、反省点が見えてきたので、また次に生かしていこうと思います。

本業も忙しくなってきましたが、来年はまた別な楽しみ方で創作に向き合っていきたいです。とりあえず、漫画を書きたくて買ったMac とApple Pencilでイラストを描く練習でもしたいと思います^^

43歳の遅咲き自称小説家ですが、来年もどうぞよろしくお願いします。
良いお年をお迎えくださいませ。

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