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ええぇ!大腸がんが消えた!(後編)

こんにちは!Momokoです。今日もマイアミは晴れ。めっちゃ晴れです。気温は34度。まじ、暑いです。

前回の投稿の続き。
なぜ、大腸がんと思われし黒い影が、ほぼ2週間弱で、突然消えてしまったのでしょうか?

これは、今だからそうだと思う、私の考察です。

もし神様がいたとすれば、私はあの時、神様から最大の脅しを受けた、ということです。お前、これ以上今のままの考えでいるなら、結末はこれですよ=〇にますよ、と「大腸がん宣告」という形で、宣告を受けたということです。

お金を稼ぐことが、あなたを輝かすことですか?
あなたはあなたの人生をいきていますか?

突きつけられたことは、この2点です。

私はあの頃、マックスに「なんとかしてお金をもっと稼ぎたい、そして幸せをつかみたい」と、そんなことばかり考えていました。お金を稼ぐことが、自立のキーであり、親も子どもも私も幸せになれると、信じてかかっていたのです。
詳しくはここには書きませんが、お金を追いかけ、自分の得意分野を生かして、会社勤めの他に副業をし出したころから、私は一人の娘の母親として娘を授かったかけがえのない喜びや、また、実家で母や父にお世話になっていることへの感謝を、全くにして忘れてしまっていたのです。

副業もこれで芽が出て、ダブルインカムや! とにんまりし始めたころに、この大腸がん宣言が下されました。

なんでこのタイミングで!? 
いや、このタイミングで宣告されるしか、わたしはなかったのです。

わたしは、笑顔をなくし、子どもへの返事も「ママ、今忙しいしあとにして」ばかりを繰り返していました。会社の仕事もミスが多くなって泣いて帰ってきたことも多々。母親に、仕事もいいけど、ちゃんと娘の母でありなさい、それより早く帰ってきて、と言われると、「お母さんは働いたこともないのに、なんにもわからんと言わんといて!」とぶち切れまくり。

でも、命も終わりか、お金も夢見たのに、とすべてが真っ黒になった私に、母の言葉は私を救いました。

お金よりもっと大事なこと。
笑うこと。自分が心から笑顔でいること。
子どもの笑顔をみて幸せを感じ、親の助けを感じ感謝をし、
そして、親も娘も、お金を望んでいるわけでなく、
私の笑顔、幸せが、見たいのだということ。

そんなことを、なんとなくと考えながらその夜を過ごし、
母の言葉通り、旅行も思いっきり楽しみ、
そして、検査入院の日を迎えました。

結果「なにも大腸がんらしきものは、ありません。」だったのです。

多分、この時、すこしでもぼんやり考えたことや、旅行を思いっきり楽しめたこと、ここに、もう一人の私が助けてくれたのだと思います。「この人、時間かかるかもやけど、ちゃんとわかるはずやから、命は助けてあげて、神様」
と、先に回って交渉にあたってくれたのです。

命は助かった分、その後の私への神様問答は10年くらい続きました。
お金にまたなびき始めたこともあります。結果、周りは貧乏神ばかりになって、どちらの懐も私は貧乏になりました。
娘のことでも、親のことでもトラブル続き。
だけど、最後の最後の神様のわざで、私は目覚めました。
最後の神様のおためしは、本当にキツかった笑)です。多分、その時気づけてなかったら、私は夜のタクシーに跳ねられて死んでいたかもしれません。
「私は私のままでいい。だって今の私が最高にきれいで幸せだから。だから、楽しいことで埋め尽くそう!」
そう、はっきり思えたのが48歳の時。あの夜の光景は今も忘れません。

そこからあれよあれよと、私の人生は転換しました。
今の夫と結婚、あこがれのマイホーム、母との仲直り、娘と本当の絆で結ばれていることをお互い確認しハグできた、そして娘もオーストラリアで生活継続、そして私も思いもかけない海外生活のスタート。

今だから、この10年のつらいと思われた経験は、もう一人の私が、気付け、気付けと、さらに私を追い込みをかけて、気付かせてくれていたのです。

辛抱強く、素晴らしい経験をさせてもらえ、私に写るものは今はどれも感謝と幸せです。

病気は、気が病む。薬を飲んだから、手術をしたからといって、根本は取り除けないんですよね。時間がかかっても、自分を認め、好きになり、ハグしてみましょう。

長い話に付き合っていただきありがとうございます。
今日も一日おつかれさまでした。





「」










「おまえ、」

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