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自己肯定感ブームに巻き込まれないために

近年、自己肯定感ブームと呼べるような自己肯定感にかかわる書籍の出版が相次いでいる。とりわけ家庭教育に関する書籍において自己肯定感を冠する書籍は多い。

また学校教育においても、自己肯定感を高めることは重要な教育課題とされている。https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2017/06/27/1387211_07_1.pdf

筆者は子育て中ということもあり、自己肯定感について書かれた書籍をいくつか読んだことがある。そのほとんどは子育て中の母親に向けた書かれた育児本であった。またそのような書籍でなくとも、塾や習い事のチラシやWeb広告において、自己肯定感が紹介されていることがあった。ほかにも一般的な育児本で子に身につけさせるべきものとして自己肯定感が紹介されていることがある。
 これらの本を読む中で筆者は、自己肯定感があまりに万能な概念として使用されていることに違和感を持った。一部の自己肯定感に関する書籍では、自己肯定感が低いと非行に走ったり、社会を生き抜けないような言いようがなされていることがあった。まるで自己肯定感を育てることが子育ての第一目標のように書かれた書籍もある(注釈1)。

 自己肯定感は英語でSelf-Esteemと訳される。日本において自己肯定感は、「自尊心」「自尊感情」「自己有能感」と同じような概念として使用されている(分別する場合もある)。また自己肯定感という言葉を使用していてもその内実は一般的に使用されている自己肯定感の概念とは大きく異なっていたりと、概念が明確に整理され、使用されているとは言えない状況にある。※この状況は特に学術書といえない書籍に顕著である(注釈2)。このような概念整理を明確にしないまま自己肯定感という概念が一人歩きする様子もみられる。

筆者は家庭教育や一部の学校教育において、極端なほどに自己肯定感を信仰している現在の状況を少し不安視している。そもそも自己肯定感は高い方がいいのだろうか?何を言ってるんだ、自分を肯定的に捉えている程度は高い方がいいに決まっているだろう、という方が多数かもしれない。

実際これまで自己肯定感にかかわる膨大な研究がなされ、自己肯定感は精神的健康や適応と正の関連があるとされている。したがって自己肯定感がポジティブな概念であり、教育するべき資質であるというのが、一般的な共通理解であるだろう。しかし一部の心理学の研究においては、自己肯定感が必ずしもポジティブな概念として捉えられていないケースも見受けられる。たしかに現実的な場面で考えても、自己肯定感が高くともそれが他者の評価をともなっていない場合、(つまり自己肯定感は高いが他者は評価していないという状態)それが望ましい状態と言えるかは疑わしい。

自己肯定感が子どもの育ちを見ていくうえで重要な概念であることは否定しない。しかし自己肯定感が高くなくてはいけないというメッセージばかりが声高に伝えられ、それにばかり囚われてしまう危険性が現在の育児、教育現場にはあり、その状況が非常に問題だと考えている。また、子育てや教育においては自己肯定感以外にも注視すべき様々な概念があるにもかかわらず、なぜ自己肯定感が唯一絶対のもののように語られ、やたらと世間が注目しているのか?そこが怖いのである。

筆者は、自己肯定感ばかり目を向けるのではなく、もう少し幅広く子どもの発達を捉えていく必要があると思う。自己肯定感に着目しているだけでは、子どもの育ちにおいてより重要なことを見落としてしまうのではないだろうか。

子どもの気質によって自己肯定感に違いがあることは普通であり、たとえ自己肯定感が低い(と思われる)子どもであっても、それがとりわけ悪いことのようには筆者には思えないのだ(ここは筆者が自己肯定感の専門でないこと、不勉強であることと関わっているかもしれないのだが)。自己肯定感が問題となるのは、自己肯定感の高低と不適応な行動が明らかに結びついている場合ではないのだろうか。つまり自己肯定感の低下が、生活上における問題に影響を及ぼしていると認められた場合である。そうでない場合、子どもからすれば自己肯定感なんて意識しなくても楽しくやれているということもあるだろう。にも拘わらず、やたらと周囲の大人が「自己肯定感は高めなければならない」「自分を愛しなさい」というメッセージばかり与え続けることで、逆に子どもの心理的な負担が増大する可能性はないのだろうか。

また自己肯定感は時や状況によって変動すると考えられ、自己肯定感が上がったり下がったりすることは、とりわけ思春期の子どもたちにおいては常々おこることであるだろう。思春期においては友人や先輩と自分を比較することが多くなってくるため、そこで自分を嫌悪したりすることも起こりうる。そこで無理に自己を肯定して自己肯定感を短期的に上げることが望ましいとは思えない。むしろ時間がかかっても、理想の自分と現実の自分とどう折り合いをつけていくのか、つまりどのように自己を形成していくのかが、自己肯定感の高低よりも重要なことであり、周りの大人が注視すべきことなのではないだろうか。その結果、自己肯定感が高くなったということであればよかったよかったという話にはなるが、重要なのはその折り合いのプロセスである。

自己肯定感だけ高ければそれでよいということはない。少し話がそれるが、一部の書籍やWebサイトでは自己肯定感が学習意欲に高い影響を及ぼすという記載がみられた。学習意欲に影響を及ぼす可能性のある概念など、自己肯定感に限ったものではない。なぜ自己肯定感ばかりに注目するのかが謎であった。

ここまでいうと筆者が自己肯定感という概念そのものを否定しているようにとらえられる可能性があるが、もちろんそんなことは全くない。毎日子育てに奮闘する身としては、やはり自分の子どもにも自己肯定感をもってもらえたらなと思っている。しかし自己肯定感が高ければそれでいいのか?自己肯定感を高めるための教育の限界や危険性はないのか?てかそもそも自己肯定感って何?という疑問は常々抱いている。

近年の自己肯定感ブームはまるで自己肯定感さえあればすべてが解決するような物言いをしている記述も多くみられ、まるで自己肯定感を高めればすべてが解決するような、万能薬のように考えているように見受けられる。しかもそのような主張に限って自己肯定感を明確に定ていないような気がするのだ。

とはいえ残念ながら筆者は自己肯定感の専門家ではない。私自身も勉強中ということで、今後今回書いた内容をアップデートしていくことは十分に考えられる。ご了承いただきたい。

参考文献

□中間玲子. (2013). 自尊感情と心理的健康との関連再考. 教育心理学研究, 61(4), 374-386.「自己」のみに着目した従来の自尊感情だけでなく、自己を取り巻く他者や環境までを含めた肯定的感情を「恩恵享受的自己感」として捉え、それらと個人の心理的健康の関連を検討した論文です。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjep/61/4/61_374/_pdf/-char/ja
 

□Self-Esteemにについてわかりやすくまとめられていましたが、少し専門的と思われる方も多いかな。日本心理学会の記事です。https://psych.or.jp/publication/world087/pw07/
 

注釈1 自己肯定感は適応的な指標とされてきたが、その見解に矛盾する結果もみられるようである。たとえばBaumeister,Smart ,&Boden, (1996)では暴力的な行為や危険な行為の遂行に関しては、むしろ自尊感情の高い者において多く見られることが明らかにされているようだ。この論文はまだちゃんと読めていないので、一応引用だけ載せておきます。

Baumeister,R.F.,Smart,L.,& Boden,J.M.1996 Relation of threatened egotism to violence and aggression : The dark side of high self-esteem. Psychological Review,103,5-33.

 

注釈2 心理学の分野では自己肯定感というより、自尊感情とされる方が多いのでしょうか。どの定義においても共通理解としては、「自己に対する肯定的な見方や価値ある存在としての感覚という点である」(岡田ほか,2005)ようです。

岡田涼・小塩真司・茂垣まどか・脇田貴文・並川努 (2015). 日本人における自尊感情の性差に関するメタ分析. パーソナリティ研究, 24(1), 49-60.

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