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あの頃、私たちは戦っていた

いたる所で工事の音が聞こえるニュータウン。そこに住む小学四年の結佳は学校では若葉ちゃんと信子ちゃんと仲良しだが、習字教室では同級生の伊吹という男子とよく話す。が、これは学校では秘密だ。男子と仲良くしていると噂になってしまうからだ。このくらいの年齢だと女子のほうが発育がいいし、おませだ。結佳は伊吹を相手に「舌と舌をくっつける本当のキス」をしてみる。結佳よりも身体が小さく、まだ男女を意識しない伊吹を結佳は「私のおもちゃ」として所有していく。

結佳が中学生になると、この街の開発は不況のあおりで中途半端な形で止まる。まるでアンバランスに成長した結佳のように。結佳はもう若葉や信子と一緒に行動していない。二年になって若葉や信子、伊吹とも同じクラスになったが、若葉は人気者のグループ、信子は嫌われ者のグループ、そして結佳は目立たない子のグループにいる。サッカー少年で背も伸びた伊吹はクラスの人気者で、女子にももてた。結佳と伊吹の「舌と舌をくっつける本当のキス」をする関係はいまだ続いていた。が、美人でもない、目立たない結佳と人気者の伊吹との関係は学校で知られてはならない。知られてしまえば結佳は居場所を失うだろう。教室のヒエラルキーは絶対なのだ。

そしてある事件をきっかけに結佳と伊吹は決裂し、結佳は教室の価値観の外に放り出される。放り出されて初めて結佳は自分の言葉で話すことができるようになる。そこからの結佳の成長が圧巻だ。思春期を教室といういびつな価値観が支配する場所で過ごさなければならなかった私たち。存在するために常に生贄を必要とし、その生贄になるまいとすべてのヒエラルキーの者が戦っていたあの時。この本の帯には「学校が嫌いだった人たちへ」とあるが、私はむしろ高ヒエラルキーにいた人たちに知ってほしいと思う。教室の価値観から解放された結佳が見た世界と彼女が奏でた「音楽」がどんなものであったかを。

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