300年前のバブルに踊らされた人々を描く
1719年のフランス。パリ郊外の街道で追い剥ぎを生業とする青年アルノーは老紳士カトルメールの乗る馬車を狙ったことがきっかけで株取引の仕事に誘われる。
奢侈と幾多の戦争によって膨大な負債を国に残した太陽王ルイ14世が崩御し4年。その曾孫でいまだ幼少のルイ15世の治世下、国の経済復興のため、摂政オルレアン公フィリップ2世は賭博仲間でスコットランド出身の実業家ジョン・ローを起用し、王立銀行の設立および紙幣の発行。さらに、北アメリカにおけるフランス植民地開発のための株券を発行、いわゆるミシシッピ計画をすすめた。人々はこの株式投機に熱狂し、株価は暴騰、この狂乱はオランダのチューリップバブル、イギリスの南海泡沫事件とともにヨーロッパ三大バブルの一つとして歴史上に名を残すことになる。と、これはこの小説を楽しむために知っておくとよい背景だ。
カトルメールとの出会いの後、ひょんなことから家出娘ニコルと恋仲になったアルノーは、ニコルを連れ立ってパリへ行き、カトルメールの仕事を手伝うようになる。彼の仕事はカトルメールが株式投機に運用する資金の調達だ。特に盗っ人稼業のツテで、表に出せない紙幣をたんまりと持っているであろう御仁に声をかける。1カ月で元金の1.5倍にし、アルノーの手数料1割を差し引いて戻す。随分おいしい話である。1カ月後ちゃんと支払いがあるのを確認すると、彼らは前月以上の紙幣をアルノーに託す。アルノーの手数料収入は増えるばかりだ。
いまや身なりも住まいも整え、青年実業家然としたアルノーに追い剥ぎの頃の面影はない。恋人のニコルもその美貌にふさわしく飾り立て、社交界の華となる。ただ厄介なのは彼女が故買屋(盗品と知りながら売買する商人)ルノーダンのひとり娘であったことだ。ルノーダンはアルノーに運用資金を提供している人物のひとりだが、元追い剥ぎにひとり娘を嫁がせる気はさらさらない。ルノーダンのアルノーへの怒りは収まらず、彼への仕返しを考える。
さらに、身分の高い貴族でありながら、趣味で強盗・殺人をし、盗品をルノーダンのところに持ってきていたオーヴィリエがニコルに横恋慕したことから、この二人が結託し、アルノーを破滅させようと株を用いたある計画を企てる。そんなアルノーをなんとか助けようとする恋人ニコル。現代風美人で、ちょっと蓮っ葉なところがある若い娘として描かれるニコルの〈これとあれとそれを足し合わせて、端と端とがぴったり合わさるような何か〉を求める予想外の機転と勇気がバブルの崩壊へと向かう物語の展開の鍵をにぎることになる。
1719年には400リーブルから1万100リーブルまで高騰した株価だが、1721年には一時4000リーブルまで下落する(巻末「覚書」による)。摂政オルレアン公フィリップ2世は財務総監の地位にあったジョン・ローを解任し、ジョン・ローは国外へ逃亡するという顛末をたどることになる。その後に残ったインフレは約60年後に起こるフランス大革命の遠因となったと言われている。
果たしてこのバブルの荒海をアルノー、ニコル、カトルメール、ルノーダン、オーヴィリエ等々、この小説の登場人物たちは無事に泳ぎきることができるのだろうか。いや、バブルである。身の引き際を過って溺れて浮上しない者、運や機転や計算で無事に泳ぎきった者、両者が相出揃うのが必定というものだ。そして、無事泳ぎきった者の中には早々とフランスの市場に見切りをつけて、イギリスへと渡る者が出てくる。ミシシッピ計画のバブルを泳ぎきったかに見えた人物も直後イギリス株式市場を襲う南海泡沫事件に遭遇することとなろう。
この小説に用意されているのは決してハッピーエンドなんかではないのだ。
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