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忘れられた「物語の力」を呼びさます、朝井まかて『雲上雲下』

深い山奥にぽっかりと袋を開いたかのような草原。〈わし〉はそこに根を張る樹木のような草だ。〈丈は二丈を超え、根許もおそらく一抱えはあるだろう。幾千もの葉は常世の緑を保ちながら花を咲かせず、種を吐かず、実もつけぬ〉という見るからに曰くありげな草だ。

長い長い時間を孤独の中で過ごしてきた〈わし〉のもとに、一匹の尻尾のない子狐がやって来る。〈わし〉の静寂を乱すその子狐は、〈わし〉を〈ねえ、草どん〉と呼び、こういう。

〈語ってくれろ〉

昔話を語ってくれと〈草どん〉にせがむ。〈とんと昔の、さる昔〉で始まる物語だ。そんなものは知らぬという〈草どん〉だが、なぜか自然と口から、物語が出てくる。転がる団子を追いかけて穴に入っていったお爺さんお婆さんの話、タニシの子どもを授かった夫婦の話、竜宮に仕える亀と、亀に命を狙われる猿の話、長年寺で飼われていた猫がお経をあげる話、等々――。

子狐は〈あい、あい〉と合いの手を入れて、物語の続きを待つ。

いつしかその場に山姥も加わる。醜く残忍な山姥が山姥になる前の話や、尻尾のない子狐の正体、〈草どん〉が草になる前の話等々――。彼らの自身の物語が語られていき、〈草どん〉は忘れていた過去を取り戻していく。だがその時、彼の前に現れたのは、物語を失いつつある世界の姿だった。

〈物語こそが、雲上と雲下をつなぐものであった〉

タイトル『雲上雲下』の理由もそこで明かされる。彼らは物語を、そして世界を取り戻すことができるのか。

幼い頃、昔話を聞いたという人も、今、子どもに昔話を聞かせている人も。そして、昔話なんてくだらないと思っている人も。「物語の力」をぜひ、この本で再確認してほしい。

〈とんと昔の、さる昔〉

その始まりに込められたすべての喜怒哀楽が、おそらくいつか私に力をくれると思うのだ。だから、物語を大切にしなければ、と思うのだ。


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