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こんにちは!

3人の男の子を子育て中のももっほです🍑

前回の投稿で、発達障害の疑いのあるお友達のお子さんについて少し書かせていただきましたが、家族のように思っているからこそ気になってしまったり、心配しています。基本的には他の家庭の育児や方針については干渉したくないし、あまり考えたくもないのですが、(自分がそうされると嫌なので)今回は私のお友達もとても悩んでいたので少し調べたり、考えたりしました。

私のお友達は、自分の子供の今の状況について、多動かもしれないけど個性の範疇。専門家に診てもらったら診断名がついてしまうと聞いた。そうするといつかは支援学級に入るようになってしまうかもしれない。と悩んでいて、診断名をもらうことについて抵抗を感じている様子でした。

以前は私もそう思っていたので、一切否定するようなことは言えなかったけれど、子供本人が悩んでいる場合、場合によっては苦しんでいるかもしれない場合には、どうするのが正解なのだろう。と考えた。


そもそも、私の長男が本格的に不登校になるかもしれないと思った時に、オルタナティブスクールや地域の適応支援教室について調べていた時に感じた違和感があった。

何度も発信しているけれど、この世は学校に行けること至上主義!そして、普通学級に行けること至上主義!

これが学校にも地域にも、そして保護者の間にも蔓延している。というか、当たり前すぎて疑われもしない。

これは少し前まで私も洗脳されていたので、気持ちは痛いほどわかります。


うちの子が不登校なんて!

不登校は恥ずかしい!

学校に行ってくれたら全て解決するのに!

支援学級なんて恥ずかしい!(不快に感じさせてしまったらすみません)


このような気持ちが、私も以前はありました。今も心に余裕がない時にはこの考えがよぎってしまうことがあります。


しかし、学校に行きたくないと長男が涙ながらに訴えた日から、徐々にではありましたが、このような洗脳が溶けてきて、今では子供にとってベストな環境を整えることが最重要と考えるようになりました。


不登校や学校に適応できないことは、決して恥ずかしいことではない。

むしろ、嫌だということを表現できていることを評価してあげたい。

そんなふうに感じるようになりました。


だからこそ、適応指導教室にも見学に行ったし(長男の場合条件が合わないとかで入れなかったけど)支援学級だって、もし長男が気に入れば行かせたいと思っています。


長男に、発達障害の診断はないけれど同様のことが言えるのではないかなと思います。

発達障害というのはその子の特性であり性格であると思う、その環境が合わないよ苦しいよ!とサインを出すことができる。興味のあることには集中して取り組むことができるし、人間的に劣っているということではない。アインシュタインやダーウィンといった著名人も発達障害であったと言われている。


変わらなければいけないのは、周りの環境と大人たちの認識


少し冷静になって考えてみると、実にシンプルなことだと気づけるのだけれど、この認識を持っている大人はとても少ないのだと思う。


現に、私も仲良しの小学校からの友人たちに、このようなことをチラッと話すと、普通学級に通えることが、学校に通えることが一番だよね。というような認識で、

ああ。そうだよな〜と自ら話題を逸らしてしまった。

違う意見を持っていて当たり前だけど、今の認識は学校に偏りすぎている。

子供の行きやすい環境のために、子供を第一に考える、子供のために人肌脱げる大人が少しずつでも増えていけば良いな〜と思うのでした。



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