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徒然ならぬ詩

こんばんは。皆さん、今日もお疲れ様です。
今日は朝日屋が思春期時代に書いた詩の事についてお話して行きたいと思います。

中学生の頃に、ある女子生徒達が朝日屋に激しい虐めをしてきました。先生が反省会を開いてくれましたが作文の内容は「ただ単にウザかったから」そして、朝日屋は不登校へと追いやられました。その傷心から心療内科にかかりました。前述したとおり、朝日屋は中学は第一学期くらいしか通っていません。そして、新たな病気がわかってから、大きな総合病院に処置入院となりました。病気で授業も欠席せざるを得ませんでした。

一回目は半年間でしたが、二回目は一年間、籍をおいてくださいました。二回目の入院の前に中学校のスクールカウンセラーの先生に度々時間をとってもらってお話を聞いてくださりました。

その時、二回目の入院の前にスクールカウンセラーの先生に朝日屋が書いた詩集を見せたりしていました。スクールカウンセラーの先生は「貴女は医師になって人を救いたいというけれど、数学の成績も大したこともないし、数学の分野に卓越したものもない。貴女には文学が向いている」と。仕切りにその先生は仰っておりました。最初は文学がむいてるなんのかはわからなかったですし、けれど今こうして筆を取っているのはなにかの奇跡かもしれません。

そんな苦悩の中で書き上げた詩集をスクールカウンセラーの先生にお見せしました。

その詩集の一連が以下のとおりです。

差し伸べられた手を振り払う。だが、その心は救いを求めている。

先生は「この詩の一連は葛藤という言葉を一切使わないで葛藤を書いているね。これは中学生がなかなかかける書けるものではないよ」と申されました。

「貴女には詩が向いてる」

上記の言葉はなにもなかった朝日屋にスクールカウンセラーの先生が、かけてくれた言葉はいまも深く息衝いています。

そうだよ、朝日屋には詩がある。そんな小さなことでも良いではないか。
そう思えるようになりました。スクールカウンセラーの先生がかけてくれた言葉はいまも朝日屋の原動力です。

朝日屋の拙い文章にここまで目を通してくださりありがとうございます。朝日屋も苦悩する人々の心を少しでも救えたのなら幸いです。

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