自分の主張が「自分のため」だけの薄っぺらいものに見えないか確認しよう
あなたのその主張は、結局のところ誰のためのモノですか?
あなたが「こうしたい」「こうしたほうがいい」と脳裏に浮かび、それを誰かに対して表明したとしてもなかなか受け入れられないとしたら、一旦立ち止まって、上記の問いを確認したほうが良いと思います。
例えば、職場の業務手順、後輩の教育方法、患者さんの治療方法…
その主張の動機が、患者さんのため、仲間のスタッフのため、病院や部署のためであるならば、その主張は意味のあるものになります。
でもその主張が、自分のため、しかも自分が楽をするためだったとしたら、それを表明することはやめておいたほうが良いかもしれません。
また、その主張が例え患者さんのためになっていたとしても、自分の知識を見せびらかすため、あるいは自己顕示欲やを満たすためだったとしたら、その主張をするのはやめておいたほうが賢明です。
なぜなら、自分のためにやってるんだろうなという主張は、その気配を消したとしても周囲の人には伝わりますし、それが伝わることで、あなた自身の価値をだいぶ下げることになるからです。
主張自体、あるいは主張の目的が常に「自分のため」が発信源になると、自分の思考回路が常にそのように焼き付いていきます。
やがて、それは行動に表されてきます。
行動は周囲のあなたの人格を作り上げていきます。あの人の主張は、いつも自分のため、というレッテルが貼られていきます。
やがて巻き込まれないようにと、無視されているのかもしれませんし、人が離れていっているのかもしれません。
例え、あなたが本気で誰かのためを思った主張をしたとしても、「また自分のためなんでしょ」となるのはもったいないことです。
さて、こういう状況を抜け出す、あるいはこういう状況にならないためには、どうしたら良いでしょうか。
口先だけ、主張を「利他的なもの」にしたとしても、その効果はありません。人の本心は行動によって表されます。
やはり人に対して、あるいは組織に対して尽くす姿がなければ、あなたの主張を裏付けるものにはなりません。
本当の意味で主張を利他的なものにするには、利他的な行動するしかないのです。
行動なき主張は、人の目には自己中心的に映ります。やがて、それはあなたの信頼を駆逐していきます。
利他的な行動があってこそ、その主張に説得力や信頼感が生まれると思います。
会議はもちろん、普段の会話でされるあなたの主張は、他者の目にはどう映っているでしょうか。
自分の持ち場で粛々と、利他的な行動とセットで、誰かのために主張していきましょう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?