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【小説】あいつ

『あいつ』
 
 修学旅行初日の宿で僕は一世一代の決心をしていた。

 「僕は明日の自由散策のとき、愛ちゃんに告白する!」

 “バカ。やめとけって。一か月前に痛い目に合ったばかりじゃないか。また失敗するに決まっている”

 「いや、今回こそはいける気がする。この前だって、きっと驚いて素直な判断ができなかっただけなんだよ。ほら、周りのみんな目が合って、恥ずかしくなっただけだって。きっと」

 “お前は思い立ったら止まらないからな。俺がいないと暴走しちまうんだから。とにかく今はやめとけって”

 「やめない。今回こそは愛ちゃんもきっと素直に答えてくれるさ」

 “馬鹿な奴だな。神のいたずらか奇跡か知らんが、同じ班になれたんだ。楽しい思い出だけ持って帰ればいいじゃないか”

 「何回バカって言うんだよ。てか、なんで今回もフられるってわかるわけ?」

 “わからないのか。やっぱり馬鹿だな。振られない道理がない。今日だって、愛ちゃん他の班員が気まずくならないように、すごい気を使っていたじゃないか。そんな様子でうまくいくはずがない”

 「違う!あれは気遣っていたんじゃない。えっと、そう、前に告白してからちょっと気になり始めているんだよ」

 “ポジティブどころの話じゃないぞ。ここまで来たら楽観主義ももはや凶器だな”

 「でも、、」

 「おーい。そろそろ寝るぞ。消灯時間も過ぎてるんだから」

 今まで黙っていた同部屋の竜次が言った。竜次は頼りになるいいやつだ。
 僕の心はもやもやしたままであったが、仕方なく布団に入る。

 あいつはすぐ僕のことをバカにする。あいつが僕の暴走を止めてくれたおかげで助かったことはこれまでにもある。だから感謝してるし、今だって一緒にいるわけだが、今回ばかりは僕だって譲れない。

 明日だ。明日こそ絶対に愛ちゃんと付き合うんだ。あいつは失敗するとか言ってきたけど、僕には自信があった。

・・・・・・・・

 「愛ちゃん、僕は君のことが好きなんだ。付き合ってくれないか」

 「ごめんね、好きになってくれたことはうれしいんだけど、、友達じゃだめかな」

 一か月ぶりに頭が真っ白になる。いや、あの時以上かもしれない。

 「なんで?僕のこと嫌い?他に好きな人がいるの?」

 「えっと、そうじゃなくてね、うーんと、うん、、」

 “もうやめろ、諦めろ”

 “今じゃなかったんだよ”

 あいつが僕を止めようとしている。僕はもう止まらない。

 「何、はっきり言ってくれなきゃわからないよ。僕はこんなにも愛ちゃんのことが好きなのに」

 「家族構成、好きな食べ物、好きな色、誕生日、血液型、ペットの犬種と名前、、、(ストーカーチックなもの)」
 「愛ちゃんのことは何でも知っているし、そのすべてが好きなんだ」

 愛ちゃんの顔が引きつる

 「、、、っ、気持ち悪い、」

 「え、なんで、、こんなに思っているのに」

 僕の中で何かが崩れ、消えていった。

 鈍い音とともに手のひらに痛みが走る。彼女の顔が歪み、口から血を流した。その目はおびえている。

 何が起きたんだ。突然のことに僕も理解ができない。
 混乱している中、絶えず繰り出されるその手は彼女の顔を、身体を歪め続けている。

 急に僕の体が地面と接した。竜次が僕の上に乗り、押さえつけている。それと同時に愛ちゃんを歪めるものもなくなった。

 「お前、何やってんだ」

 「やっぱり竜次は頼りになるな」

 「何言ってやがる」

 「ああ、愛ちゃん。心配だな。とても苦しそうだった。助かるといいな。それにしても不思議だ、急に何があったんだろう」

 騒ぎを聞いた周りの人が集まってくる。そのうちサイレンの音が聞こえた。竜次が連絡してくれたらしい。人だかりをかき分けて、愛ちゃんが救急車に似せられるのを見ながら、それと同時に警察が僕を取り押さえた。
 
 あれ、あいつどこ行った?
 “お前は思い立ったら止まらないからな。俺がいないと暴走しちまうんだから”
 もうあいつの声は聞こえない。僕はもういない。

・・・・・・・・

 竜次が先生と警察から事情聴取を受けている。
 ―まず、佐藤愛さんですが、現在は意識も回復しています。助けてくれてありがとう、と伝言を預かっています。
 「愛さんは無事なんですね、良かった」

 ―ところで、彼のことなんだけど、昨日の様子を教えてください。
 「はい、そうですね、特に変わった様子は無かったと思います。ただ、昨日の夜消灯時間になっても眠っていなくて。テンション高いな、とは思いましたが、修学旅行ですし、変だとは思いませんでした」

 ―なるほど。それから、彼は『あいつがどこにもいない』と言っているんだけど、誰か心当たりはありますか。昨日誰かと会っていたとか。
 「さあ、誰でしょうね。見当もつきません。昨夜は誰にも合ってないと思いますよ。彼はずっと部屋にいましたし、僕と彼の二人部屋だったので」

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