見出し画像

【雑感】犯給法事件判決——今崎裁判官の懸念に対して

 先般、同性愛者の権利に関して、新たな最高裁判決が出てきました。
 筆者は、多数意見に賛同するものですが、今崎いまさき裁判官の反対意見があることに鑑み、若干意見を述べておきます。


判決文(裁判所Webサイトへのリンク)

最判令和6年3月26日(令和4年(行ツ)第318号)


事案と多数意見の概要

  犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律(以下「犯給法はんきゅうほう」という。)に基づき、特定の犯罪の被害者またはその遺族は、国から給付金を受け取ることができる(以下、本制度を「犯給金はんきゅうきん制度」ということがある。)。そして、遺族の一つに「犯罪被害者の配偶者」があり、これには「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」(以下、この記事では「犯給法上の内縁配偶者」ということがある。)が含まれる(同法5条1項1号)。
 本件では、犯罪被害者と同居していた同性パートナーが「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」に該当するか否かが争われた。
  多数意見を要約すると、次のとおりである(原文も確認されたい)。
  犯給法5条1項1号の解釈に当たっては、遺族給付金支給制度の目的(=犯罪行為により不慮の死を遂げた者の遺族等の精神的、経済的打撃を早期に軽減するなどし、もって犯罪被害等を受けた者の権利利益の保護が図られる社会の実現に寄与する)を十分に踏まえる必要がある
  犯給法5条1項は、遺族給付金の支給を受けることができる遺族として、〈犯罪被害者の死亡により精神的、経済的打撃を受けることが想定され、その早期の軽減等を図る必要があると考えられる者〉を掲げたものと解される。
 そして、内縁関係にあった者が「遺族」に含められているのは、犯罪被害者の死亡によって、その者が民法上の配偶者と同様に精神的、経済的打撃を受けることが想定され、その早期の軽減等を図る必要があるためと考えられる。しかるところ、そうした打撃を受け、その軽減等を図る必要があるのは、内縁関係にあった者が犯罪被害者と同性であっても同様である
 そうすると、犯罪被害者と同性の者であることのみをもって犯給法上の内縁配偶者に該当しないものとすることは、犯給金制度の目的を踏まえて遺族給付金の支給を受けることができる遺族を規定した犯給法5条1項1号括弧書きの趣旨に照らして相当でないというべきであり、また、上記の者に犯罪被害者と同性の者が該当し得ると解したとしても、その文理に反するものとはいえない。
  以上によれば、犯罪被害者と同性の者は、犯給法5条1項1号括弧書きにいう「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」に該当し得ると解するのが相当である。


今崎裁判官の反対意見とその検討

 1 今崎裁判官の反対意見は、一見すると、法制度全体との整合性や一般的公平性を視野に入れた堅実な解釈である。しかし、その実は、犯給法が抱える既存の問題が多数意見によって表面化したのを、あたかも多数意見が問題を抱えているかのように錯覚したものと考えられる。以下、詳述する。
  今崎裁判官は、遺族給付金の機能の一つは遺族の生活保障であるとした上で、犯給法上の内縁配偶者に同性パートナーが含まれ得るという解釈(以下、この記事では「多数意見の解釈」ということがある。)は、それまで犯罪被害者の収入によって生計を維持していた他の親族(「子ら」)を同性パートナーに劣後させ、給付対象から外すことで、遺族相互の間に利害対立の契機を(潜在的にせよ)もたらすものであると批判する。
 そこで検討するに、多数意見は、犯給法の目的や犯給金制度の趣旨に並んで、同居のパートナーが受ける精神的・経済的な打撃の早期軽減の必要性を根拠にかかる解釈をしたものであるところ、同必要性は、社会通念のように時代によって変容するものではないから、遅くとも平成20年法律第15号による犯給法(目的規定)の改正の時点で、同居の同性パートナーは犯給法上の内縁配偶者に含まれていた(同時点で同性愛者の存在は広く社会一般に知られていたのであるから、同性パートナーを給付対象から除外するのであればその旨を明確にするべきであった。)という理解を含むものと考えられる。そうすると、都道府県公安委員会や裁判所が犯給法5条1項1号括弧書きの解釈を誤り続けたために表面化しなかっただけで、遺族間相互の利害対立の契機は、本来、遅くとも上記時点から生じていたといえる。(なお、多数意見の解釈を採用することで、利害対立の発生する場面が事実上増加するであろう点は否めない。しかし、それは、本来生ずるしかない利害対立が生じているに過ぎず、多数意見の解釈を否定する理由とはなり得ない。これまで、運よく利害対立を免れた親族の陰に、正当な権利を行使できなかった同性パートナーが存在するのである。)
 また、内縁配偶者を含む「配偶者」への給付に関して、「配偶者」の収入や他の遺族の生計依存状況等は要件とされていないのであるから、犯給法は、(同居のパートナーの性別に関わらず)もとより遺族間相互の利害対立を予定しているといわざるをえない。それにもかかわらず、同居のパートナーが犯罪被害者と同性であった場合には、親族との利害対立の生じないケースやパートナーが犯罪被害者の収入によって生計を維持していたケースもあろうに、一律に給付対象(犯給法上の内縁配偶者)に含まれ得ないというのであれば、犯給法5条1項1号括弧書きの日本国憲法14条1項への適合性が問題となろう。
  今崎裁判官は、遺族給付金には損害填補の性格もあるとした上で、同性パートナーは同居といえども加害者に対して扶養利益喪失を理由とする損害賠償請求権を有しておらず(民法752条は「夫婦」の扶助義務を規定している。)、同性パートナーに認められる損害賠償請求権は異性パートナーのそれと比べて限定的となるのに対して、遺族給付金は性別に関わらず同額が支給されるとなると、民事実体法上の権利と犯給金制度との間で説明の困難なギャップが生じる、と批判する。
 しかし、これも既存の問題が表面化しただけであり、当を得ない。
 そればかりか、今崎裁判官も指摘したとおり、犯給金制度は福祉政策や刑事政策の要素を含んでおり、犯罪被害者等の放置によって生じる国民の法制度全体への不信感を除去することが本質であるという理解も可能なのである。そのような、各種政策の複合体として「すぐれて政策的色彩の強い」制度である以上、犯給金制度の損害填補機能という観点からみていくらか不備があるとしても、それは別の機能を確保するために調整した結果であり、立法府において許容されたものとして受け容れるほかないであろう。
  今崎裁判官は、犯給法5条1項1号括弧書きと同一または同趣旨の文言が置かれた他の法令(註・2024年4月6日の時点で、「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」という文言を含む法令は25件、「事実上婚姻関係」という文言を含む法令は232件が確認できる。)の解釈に多数意見の解釈が波及し、社会に測り知れない影響が及びかねないと批判する。
 しかし、はやし裁判官が補足意見において反論したように、他の法令中の規定は、「当該規定に係る制度全体の趣旨目的や仕組み等を踏まえた上で、当該規定の趣旨に照らして」「規定ごとに」解釈されるべきものであるから、多数意見の解釈が何らかのかたちで参照されることがあるとしても、個々の規定は適切に解釈され続けると考えられ(民法上の「第三者」や刑法上の「業務」が条文ごとに解釈されるのと同様であろう。)、社会に大きな影響を及ぼすような帰趨に至るとは俄かには想定しがたい。
  今崎裁判官は、「同性同士の関係における「事実上婚姻関係と同様の事情」」は多数意見が新たに提示した概念であるとした上で、その考慮要素が明らかでないと批判する。
 しかし、「事実上婚姻関係と同様の事情」の考慮要素が異性同士の場合と同性同士の場合とで異なるとする根拠こそ、ここでは明らかとなっていない。多数意見は、いずれの場合においても考慮要素は異ならないという理解が前提であると読み取ることも可能であり(とはいえ、そのような趣旨があったのであれば明示された方がよかったとは思う。)、このような批判は少々無理があるように思える。
  今崎裁判官は、同性パートナーシップに対する法的保護の在り方という大きな論点に関して議論が蓄積していない現時点において、多数意見は先を急ぎすぎている(合理性を裏付ける立法や判例・学説の展開を待つべきであった)と批判する。
 たしかに、国民一人一人の価値観に深く関わる論点が含まれる判決は、議論の蓄積等によって社会通念・パラダイムに相応の変化が生じた頃合いに出されるのが相応しいと、一般にはいえるであろう。
 しかし、現在の日本社会を眺めると、同性パートナーシップの法的保護をめぐっては、パートナーシップ宣誓制度が東京都渋谷区を起点に全国の地方自治体で制定され、同性同士の事実婚カップルであっても不貞行為に法的責任が生じるとする最高裁決定(註1)や同性婚を容認しない規定を違憲/違憲状態とする多数の下級審判決(註2)が示され、日本国憲法24条は同性婚の法制化を禁止していないとする憲法学界の〈通説〉が形成されるなど、既に十分な議論の蓄積(立法、判例・学説の展開)があるといえそうである。マスメディアによる全国世論調査においても、同性婚の法制化に賛同する者の割合は実に約7割(20代に限れば約9割)にまで達している
 こうした実情を踏まえると、日本の社会通念・パラダイムは、同性パートナーシップの法的保護を求めるものへと変化していると評価でき、今回のような判決を出すに相応しい頃合いであるといえるのである(仮に、現時点では、日本の社会通念・パラダイムが同性パートナーシップの法的保護を求めるものへと変化したとまでは評価できないとしても、その傾向が漸次強まっている実態に変わりはないのであるから、〈人権保障の最後の砦〉としては、世論を後押しすべく、やはり今回のような判決を出すべきなのである〔当事者は、既にさんざん待たされている!〕。)。
  最後に、今崎裁判官は、「これまで述べたところによれば、」同性パートナーは該当しないと解される犯給法5条1項1号「が憲法14条に反するということもできない。」と自論を補強する。
 しかし、同性パートナーは犯給法上の内縁配偶者に該当しないと解釈する場合には、同性パートナーが異性パートナーと区別して取り扱われていることになるのであるから、日本国憲法14条1項との適合性が論ぜられるべきであろう。しかるに、今崎裁判官は違憲審査を一切行っていないのであるから、「これまで述べたところによ」っても、犯給法5条1項1号の憲法適合性につき何らの結論も出すことはできないはずである。
  今回の反対意見をもって、今崎裁判官が同性愛者等の性的少数者の法的地位を不当に低く見積もっているとまでは認められない。むしろ、過去の個別意見に照らせば、それらの者の法的地位が低く設定されている現状を憂い、これを是正すべきであるという価値観を有するのではないか、と筆者個人は推察している。それだけに、今回の反対意見は実に残念であった。
 なお、人間離れした勢いで個別意見を書き飛ばしている宇賀克也うがかつや裁判官が今回は無言であったのも、少々残念である。

註1——以下の報道記事2本

註2——以下のWebページ2つ

(Wikipediaの記事は、出典の集約されたWebページとして紹介した。判決の詳細は読者各自においてリンクを辿られたい。)

以上

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?