【眞子さまへ捧げる一曲】Hall and Oates - Rich Girl【K小室】
小室圭がどうしようもない姿を世間へ晒す度に、やっぱりこいつは弁護士なんてタマじゃない、嘘八百のイカサマ野郎感が強くなるな、と思う。間違いなく吉本で炎上芸人をやった方が食っていけるのに、そんな感覚になる。
なので、コメディアン小室と勝手に命名し、茶化し始めたのはご存じの通りだ。おかげ様でアクセス数も伸びていて、この話題が今の日本にはホットな状態にあることもよく認識できた。
実は、進めている「怪しいK小室」キャンペーンを始める前に、別の切り口でK小室と眞子まさまを笑ってやろうというアイディアがあった。
それは、この二人を主人公にした「異世界ものドタバタコメディ」を書いて、一儲けしてみるかぁ、というものだった。
ストーリーの骨子がまとまったので、いざ書き始めようとした。のだが、念のためにネットの知り合いへ書いて大丈夫か?と相談したところ、その時は「ヤバいので止めた方が・・・」、とやんわり止められて今に至っている。K小室をマザコンの若手狂言師に見立て、烏帽子をかぶらせてプロレスのリングへ送り、眞子さまモチーフの女キャラはマネージャーとしてマイクパフォーマンスで会場を煽り、乱闘が始まればKと共に暴れる・・・、異世界だからできるんだよね、みたいなノリで笑えるものにしようとしていたのだが、非常に残念だ。
しかし、あれからたった2週間たらずで、なんかそういう「眞子さまがかわいそうだから」的な配慮も不要なんだろうな、という雰囲気になってきた。
なぜなら、世間では既にこういう「嫌K&M」な下地ができあがっているからなのだ。
【ゆっくり】「眞子が1億円貯金あるから余裕」小室夫妻のNYでの生活 小室圭 司法試験に不合格でも生活することはできるのか 小室夫妻のお金の出どころはど
https://www.youtube.com/watch?v=_qW-Y7HEzbw
で、ここまではK小室ばかりを取り上げて笑ってきたわけだが、今日は眞子さまもやり玉に挙げようという趣向だ。結局、この二人が同情の余地のないバカップルだからこそ、こんな騒ぎを起こしているのだから、コメディアンだけを叩くのはフェアじゃない、と思うのだ。
まぁ、眞子さまはご誕生の頃からお顔を存じ上げているので、どうしても「親の目」的に見てしまう。なので、今もなお「なんでこんな子に育っちゃったんだよ・・・」という忸怩たる思いはある。
ただ、流れてくるのはゴシップまみれの皇室ネタばかりで、どこまで本当なのかはわからないが、少なくとも秋篠宮家は円満な家庭、というわけではないようなのだ。特に母親である紀子さまがしつけに厳しい、というよりも小言をいうタイプだったようで、眞子さまや佳子さまはそれに辟易としてこられた、ということらしい。
今回、眞子さまがK小室と交際を始めた時も、秋篠宮家では顔を合わせれば口論、という状態になったとのことだ。それも、以前から親子仲がよくなかった「鬱屈した雰囲気」が一気に表出した結果なんだろう、とおいらは見ている。
もちろん、細かいすれ違いや意見の相違はいくつもあったのだろう。そのあたりは一般家庭の事情と一緒だが、眞子さまには家を飛び出す自由がなかった。ここが最大のポイントなのだと思う。夜に親子喧嘩をして町内をほっつき歩いてみたものの、帰る場所は自分の家しかないことを悟りすごすご戻る、眞子さまにはそういう反抗期ならではの「かわし方」ができなかったはずなのだ。
なので、大学という自由のある場所へ行くようになり、そこで皇族だからと敬遠せずにナンパを仕掛けてきた奴がいたから乗って、結局はそいつに「乗られて」しまった末に、思惑や相手の本質を見極めることなくこれが恋なんだと勘違いをし、夢遊病のようになって今に至っている、そんな感じがして仕方がないのだ。
あー、もちろん、最初の相手と一生添い遂げたい、という気持ちは昭和脳のおいらなら納得の部分だ。これは逆に、皇族であるなら当然だとさえ思う。そういう国民の思いを反映するのが皇族の務めでもあるはずなので、その部分で「あんなのと、・・・・姫様、バカだなぁw」とは言わない。
だが、問題は「そうなる前によく相手を見ておかないと・・・」ということなのだ。世間一般なら、そこを間違えたと思えばリセットして次に進める、だが経験値が極小な眞子さまにはその選択が思いつかなかった、そんな感じなのだろう。
なんだろうなぁ、オープンワールドのソシャゲをプレイしていた眞子さまは、まだレベル2とか3程度の経験値で最初の村を出たところ、いきなりダンジョンマスターに遭遇し、かっさらわれてしまった、なんてシチュエーションに近いのではないか?よくは知らんけど。
ただ、問題なのはK&Mが新婚生活をNYに移住して始める、他の選択肢には見向きもしない、という視野の狭さだ。まさにこれ、外野にいるおいらには中二病を発症しているようにしか見えないのだよ。まったく現実がわかっていないし、わかろうともしていないのだ。その背景には、不仲な秋篠宮家の空気があり、眞子さま的には家を出たい一心でK小室・・・、そしてNY・・・、と呪文を唱えているようにしか見えない。
なので、おいらも含め、このままNYへ行ってもまともな生活なんかできないんだよ、と諭したところで意味がないのだ。眞子さまには避けるべき「まともじゃない生活」もイメージできないはずだからね。
それほど経験値が極小、なんだなぁ。
●パトリシア・ハースト事件●
眞子さまを見ていると、昭和の昔にこういう事件があったことを思い出す。
それは、1974年2月4日に起きたある事件がきっかけだった。
その日、恋人と過ごしていたパトリシア・ハーストが、左翼系の過激派学生によって誘拐されてしまうのだが、彼女は新聞王として名高かったウィリアムス・ランドルフ・ハーストの孫娘で、父親のランドルフ・アパーソン・ハーストもサンフランシスコ・エグザミナーの社長という家柄だった。まさに「リッチ・ガール」と呼ぶにふさわしい存在だったわけだ。
当然、過激派の学生達は彼女の身の代金を活動資金にしようと考え、誘拐の後、パトリシア釈放の条件を色々とハースト家へ送り付けていく。しかし、1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が経っても解決の見通しが立たず、そのうちに、とんでもないことが起きてしまうのだ。
ちょうど発生から半年が過ぎた8月に、パトリシアが過激派の思想に感化され、同士として活動することを宣言してしまう。確かに、当時19歳だった彼女は過激派の学生達と同じジェネレーションであったとは言え、この寝返りには全米が驚き、呆れてしまった、と。
しかも、銀行強盗の一味として防犯カメラにパトリシアが写っていたことも明かされると、一気に世論は「金持だからって何をしてもいいわけじゃない!」というものへシフトしていくことになる。
そしてなんと、1975年9月にはパトリシアが逮捕され、翌1976年2月から始まった裁判では自らの意思で過激派になったわけではなく、洗脳されただけだという主張を始めて無罪を主張、一時は懲役35年の判決が下るものの、ロナルド・レーガン(1980年から大統領になるあの人です)などロサンゼルスを中心とした著名人が減刑嘆願書を提出するに至って、懲役7年まで減刑されている。
更に大統領特赦と保釈金の支払によって1977年1月19日に、パトリシアは仮釈放をされた、という一幕だった。
この事件、眞子さまの展開に似ているように思えてならないのだよ。
●そんなあなたに捧げる「リッチ・ガール」●
そして、パトリシア・ハースト事件と必ずセットになって語られるのが、この1977年にビルボードで1位を獲得したホール&オーツの大ヒット曲なのだ。
Hall and Oates -- Rich Girl
https://www.youtube.com/watch?v=oIAkRVBS-0U
Rich Girl
Daryl Hall & John Oates
You’re a rich girl, and you’ve gone too far
’cause you know it don’t matter anyway
You can rely on the old man’s money
You can rely on the old man’s money
確かに君にゃ金がある、でもやりすぎだよ
そんなことどうでもいい、なんて君はわかっててやってるけど
「パパ」からのお小遣い頼みの生活なんだよ
「パパ」からのお小遣い頼みの生活なんだよ
I t’s a bitch girl but it’s gone too far
’cause you know it don’t matter anyway
Say money but it won’t get you too far,
Get you too far
ほんと、下卑た女だよ、やりすぎちゃってさぁ
そんなことどうでもいい、なんて君はわかっててやってる
だけど、お金!ってせびっても、もうここから先は立ち行かない
やってけないって
And don’t you know, don’t you know
That it’s wrong to take what is given you
So far gone, on your own
You can get along if you try to be strong
But you’ll never be strong
わかってないね、君はわかってないんだよ
よくはないんだって、「パパ」がくれるものをまんま持っていくってのはさ
そういうのはもう終わり、君一人でやるんだよ
一人で強くなろうと思えば、うまくやっていけるけど、
君は絶対、強くなんてなれやしないよね
’cause
You’re a rich girl, and you’ve gone too far
’cause you know it don’t matter anyway
You can rely on the old man’s money
You can rely on the old man’s money
確かに君にゃ金がある、でもやりすぎだよ
そんなことどうでもいいって、君はわかっててやってるけど
「パパ」からのお小遣い頼みの生活なんだよ
「パパ」からのお小遣い頼みの生活なんだって
It’s a bitch girl and it’s gone too far
’cause you know it don’t matter anyway
Say money but it won’t get you too far,
Get you too far
ほんと、下卑た女だよ、やりすぎちゃってさ
そんなことどうでもいいって、君はわかってやってる
だけど、お金!ってせびっても、もうここから先は立ち行かない
やってけないって
High and dry, out of the rain
It’s so easy to hurt others when you can’t feel pain
And don’t you know that a love can’t grow
’cause there’s too much to give, ’cause you’d rather live
For the thrill of it all, oh
君がいる場所は灼熱でからっから、雨なんて無縁の世界さ
痛みを感じないから、簡単に人を傷つけることができるんだ
わかってないよ、そんなんじゃ愛なんて育めるわけがない
だって、それには相手にたくさんあげなきゃダメだから
だって、君はスリルだけ求めて生きてく方が、マシなんだって思ってるからね
You’re a rich girl, and you’ve gone too far
’cause you know it don’t matter anyway
You can rely on the old man’s money
You can rely on the old man’s money
確かに君にゃ金がある、でもやりすぎだよ
そんなことどうでもいいって、君はわかっててやってるけど
「パパ」からのお小遣い頼みの生活なんだよ
「パパ」からのお小遣い頼みの生活なんだって
It’s a bitch girl and it’s gone too far
’cause you know it don’t matter anyway
Say money but it won’t get you too far,
Say money but it won’t get you too far,
Say money but it won’t get you too far,
Get you too far
ほんと、下卑た女だよ、やりすぎちゃってさ
そんなことどうでもいいって、君はわかっててやってる
だけどお金!ってせびっても、もうここから先は立ち行かない
お金!ってせびっても、もうここから先は立ち行かない
お金!ってせびっても、もうここから先は立ち行かない
やってけないって
And you say
You can rely on the old man’s money
You can rely on the old man’s money
You’re a rich girl, a rich girl
Oh, you’re a rich rich girl yeah
Say money but it won’t get you too far,
Oh, get ya too far
「パパ」からのお小遣い頼みの生活なんだよ
「パパ」からのお小遣い頼みの生活なんだよ
確かに金持ちだけどさ、今は不自由ないけどさ、
確かに金持ちだけどさ、今は不自由ないけどさ、
お金!ってせびっても、もうここから先は立ち行かない
やってけないって
<対訳>多々野親父
ここで言っている「パパ」が、新聞王ハーストを思わせるだけでなく、「下卑た」の部分で、ああ、この女は体を売ってもいるんだろうな、ということまで連想させる歌詞になっている。
偶然、この曲がシングルカットされ、チャートを上っている時に、パトリシア・ハーストが仮釈放されたので、一気に話題が集中、そのまま1位にまで駆け上がってしまった曲だった。
●「リッチ・ガール」のおまけ的な解説(2007年に書いた記事から抜粋)●
1977年3月26日から2週間全米1位に輝いたダリル・ホール&ジョン・オーツの「リッチ・ガール」を聴いていると、こういうお説教じみた曲がヒットする余地なんて、21世紀の世にはあるのかなぁ、という気分になってきます。
ダリル・ホールとジョン・オーツは、ダリルの生まれ故郷であるフィラデルフィアで出会っています。共にバンドを組んで活動はしていたものの、基本的にはスタジオミュージシャンとしての立ち回りが主で、デュオを結成するまでにはお互いが顔を知ってから2年、そこからデビューアルバムを発売するまでには更に3年を要しています。
2人は白人でありながら共に小さいときからソウル系の曲が好きでした。1970年代のフィラデルフィアはフィリー・ソウルと呼ばれる音楽のメッカになっていました。これは黒人のミュージシャン達によるもので、ストリングスを効果的にフィーチャーした上品な曲調が売りとなっていたわけですが、この街で生まれ育ったダリル・ホールはこのサウンドの大ファンで、生まれた街であるニューヨークを離れ好きな音を追求する為にこの地へやってきたジョン・オーツも同じ思いを抱いていました。それは「白人によるソウルミュージック」でした。これが二人を結びつける理由となったんですね。
その為、1970年代の彼らの曲はフィリー・ソウルの影響が見受けられ、「リッチ・ガール」にもそれは色濃く現れています。ただ、模倣よりも本家が強いのは当然で、2人が放ったシングルはどれもそれなりの売れ線にありながら、本家であるスタイリスティックスやスピナーズ、ハロルド・メルビン&ブルーノーツなどが次々とヒットチャートの上位を賑わす中では、苦戦を強いられていたわけですね。
「リッチ・ガール」はアルバム「ライブタイム」からカットされた2枚目のシングルでした。最初のシングルはプロデューサーのクリストファー・ボンドを含めた製作サイドの意向で「ドゥ・ホワット・ユー・ウォント」が選択されていましたが、期待に反してこの曲は最高位39位という不発に終わっています。
「リッチ・ガール」も、当初はあまり期待されていたわけではありませんでしたが、思いもしないところから追い風が吹いてヒットチャートを上昇することになりました。
それが、これまでに紹介したパトリシア・ハースト事件だったわけです。
もちろん、「リッチ・ガール」はパトリシアのことを歌ったものではありません。当時ダリル・ホールの恋人だったサラ・アレンの元の彼氏が、父親の経営していたファーストフードチェーンを相続したので、それを題材に作られたもので、「リッチ・ボーイ」では何のヒネリもないので、ガールに変えた、というだけの話だったんですね。
誤解を背景にしたヒットということで、ホール&オーツの2人にとって非常に複雑な存在になってしまったこの曲ですが、ストリングスがうるさすぎるという部分はあるにしても、エレピを主体にしたシンプルなサウンドは1980年代の彼らの姿を予感させるものではありました。しかし、2人が真の意味で覇権を握るまでには更に4年を待たなければならなかったわけで、ここからしばらくの間は十分いい曲を作りながらヒットに結びつかないというジレンマに苦しむ日々を送ることになります。
それだけに「リッチ・ガール」であやうくキワモノのレッテルを貼られそうになりながら、よくぞ立ち直ったという言い方もできるように思いますね。
●最後に●
本当は、K&Mを映画「俺たちに明日はない」のボニーとクライドに見立ててやろうかな、と思ったのだが、まぁ、舞台がアメリカなだけでK小室が拳銃をぶっ放す銀行強盗、なんてタマではないことを瞬時に悟り、このアイディアはゴミ箱へ捨てたことを付記しておきたい。
それより眞子さま、「リッチ・ガール」の対訳では「パパ」としている部分、血の繋がった秋篠宮でも、日本国民全体にでも置換は可能なので。おいらが言いたかったのは、まさにその部分だとご理解くださいませ。かしこ。
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