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絵画「サン=トロぺの港」との出会い

 大学の美術史レポート作成の為、この夏上京してから初めて美術館を訪れることが出来た。今回はその中で特に強くインスピレーションを受けた作品「サン=トロぺの港」について記事に残したい。

▶国立西洋美術館 常設より

 ひんやりとした空気と控えめに床を鳴らす誰かのハイヒールの音が心地よい美術館で、いくつもの想像力を掻き立てられるような作品に出合った。特にティツィアーノ・ヴェチェッリオと工房の「洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ」は女の満足げな表情、でっぷりとした体格と腕っぷしのよさ、その腕に抱えられた首の貧相な顔立ちとくすみがかった色使いによる生と死の対比には惹かれるものがあった。

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 またこの絵画においては、X線写真から女の右腕等が大幅に描き直されたことが判明している。その他にも好みの作品はいくつかあるのだが、「出会い」という観点で考えると、このサン=トロぺの港が真っ先に思い浮かんだ。   

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「サン=トロペの港」                        作:ポール・ヴィクトール・ジュール・シニャック(1863-1935)


 空間を贅沢に使った部屋の奥に佇むこの絵画の前に立った時、大きなこの絵画から光が漏れてるような、絵画自体が発光しているような感覚を得た。近くによって筆遣いを見ると、原色に近い色彩の絵の具が筆跡がくっきりとわかる形でキャンバスに乗せられており、絵の中の影の部分も濃くはっきりと描かれているのに、そこにさえ暗さを感じさせないような印象があった。絵画全体の色の明るさを保つために点画法が使われている。

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 そしてポスト印象派の彼の作品からは柔らかな光の揺らぎを感じることが出来た。以前読み深く印象に残っている美術本の一説に、「これまでの画家たちはみな目に見えるものを描こうとしてきたが、印象派の画家たちは目に見える光を描こうとした。なぜなら、彼らにとっての現実とはもはや不動の実態ではなく、刻々と変化する現象であったからである。」というような言葉があり、この絵画を見たときにこのことをすぐに思い出した。

 私は音楽においても印象派の、まさに一瞬の光の揺らぎをとらえたような音楽性を愛しており、また自身が曲を作る時もこの感覚が軸になっていることをこの頃実感している。


 また、もう一つこの絵画において印象的だった点に構図が引き立てる陰影のコントラストがある。まず一番手前には港の縁で働く人々や停められた船たちが色濃く、比較的輪郭がはっきりと描かれている。中央には海が広がっており、水面には空や船の帆が反映されている。奥行を感じさせるように淡くかすみがかって描かれた船の向こうには、淡く透き通る空が広がりを持って描かれている。遠くのほうは薄桃色がかっており、早朝の凪いだ海、もしくは夕暮れに近い時間だと想像することが出来た。


 この絵画が観るものに全体的に暗さを感じさせないのは、点画法が用いられているほかにこの構図が深く関係しているのではないかと考える。比較的暗くはっきりとした色遣いで描かれるモチーフを手前の端に集中させることで、暗さが散らばることなく、その奥の空や夕日に照らされた船たちの淡い光とのコントラストが生まれる。その結果、絵画全体の軽やかさと、額縁の内側のみに留まることのない淡く豊かな光が生まれるのであると考察した。

 絵画を鑑賞するのは音楽を聴くことととてもよく似ていると感じる。この「サン=トロぺの港」との出会いは、これまで知らなかった印象派音楽の一曲に出会ったかのような感覚であった。
 一瞬の光やその揺らぎを捉えたこの絵画の中に存在し流れている時間に心を傾け、その空気の中でどのような音が鳴っているのか。波のさざめきや海鳥の鳴く声、遠くには漁師たちの掛け声や風が帆を揺らす音、一枚の絵画の中にそのような「時の流れ」を感じることが出来た。


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