【バレエ鑑賞レポ】 『人魚姫』 サンフランシスコバレエ団 【ノイマイヤー振付】


 サンフランシスコバレエ団による2011年公演の作品「人魚姫」を鑑賞した。史上最年少でプリマ・バレリーナに選出されたタン・ユアンユアンをはじめ、リギンス・ロイド、ヘリメッツ・ティット、パッテン・サラ・ヴァン、カラパティアン・ダヴィットらが出演している。ジョン・ノイマイヤー振付作品であり、彼のルーツであるロイヤル・バレエ団やシュツットガルト・バレエ団、ハンブルク・バレエ団などの系譜を継ぐ物語バレエとなっている。

 船上で行われている王子とプリンセスの婚礼のさなか、プリンセスへの叶わぬ恋心を抱いたまま悲しみに沈む詩人。美しい人魚姫は詩人の悲恋の分身として現れる。詩人の涙を掬う仕草はやがて水の中を揺蕩う動きとなり、ヴァイオリンの悲壮的な調べと共に海の中へと吸い込まれてゆく。

 作品全体を包括するレーラ・アウエルバッハの音楽は、その不協和音がもたらす緊張感と、切れ目なく漂うように流れてゆく旋律の緩急が、悲しみの感情や水の揺らぎと共鳴し観衆を独特な世界観に誘う。

 歌舞伎の隈取りを思わせる海の魔法使いのメイクや袴のような衣装、目元を隠した黒子など、どこかオリエンタルな色を感じさせる本作は、節々に能や歌舞伎の技法が使われている。海底に降り立った詩人の左右にスライドするような足の運びなどからは、水中での浮力を視覚的に受け取ることが出来た。

 水中と地上のシーンが繰り返し転換する本作品は、ポールドブラの豊かな表現が見どころとなっている。水中での曲線的な踊りと陸での軽やかな踊りの視覚的対比は、ひとつの愛に命を懸けた人魚姫の覚悟の重みと理解の至っていない王子との心的対比と重なり、物語に深い絶望感をもたらす大きな要素となっている。

 第二幕は、精神病棟を思わせる白く狭い壁と冷たく光る鉄椅子の上で、気が狂ったように踊る人魚姫の姿から始まる。痛々しくヒステリックな舞と葛藤の末、詩人の思いと人魚姫は一体となり、海の泡となって消えゆく。暗闇に浮かぶ無数の光は宇宙に瞬く星のようにも見て取れ、二人の永遠の悲しみと祈り、静かなカタルシスを感じさせる。

 重々しく、苦しく、痛いほどに美しい本作品は、私達観衆の心につかえてとれない悲しみを残してゆく。純愛の美しさと残酷さ、人魚姫の美貌とそれゆえの痛々しさ。「美」を多角的視点から覗き、それは甘美なものにも、グロテスクなものにもなり得るという事実を突きつけられる作品であった。


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