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雑記:「勝手しとって割り食う人間の顔色見るのは卑怯ちゃうか」

ここ数週間ほど、悩みがあり少なくない方にお話を聞いてもらったり相談をさせていただきました。
ありがとうございます。元気になりました。

悩んだ結果、

もう少し周りに迷惑をかけて生きてみよう

と思いいたりました。

よく、「人はひとりでは生きていけない」なんて言われます。
確かにそのとおり。
ただこの言葉をとても大仰に感じてしまう僕もいます。なんだか地球サイズくらいに思えるのです。

そこで自分宛に言い換えてみました。
「ひとりで生きていけるなんて過信するほど大した生き方はしていない」と。

自分がもっとも自分らしく、もっともカッコよく、頼りになり、他人にも優しく、気づかいもできて、ほどほどにはおちゃらけて。
仕事でも求められている役割を言われずとも理解して、弱音を吐かず、腹づもりを持って事にあたる。

出来ると思っていた。
出来たと思っていた。
でも、そうではなかった。

ほんとうは
出来たと思いたかった。
出来ると思いたかった。
だけでした。


そして、予兆として感じてはいたものの、これらの原動力として根本に据えていたもの、そのものに違和感があることに気がつきました。

違和感の理由を解し、ほんとうの自分を認めること、何もできていなかった自分を見つめることは少しばかり辛いことでした。
ただ今は、

「出来ることから少しずつやるしかない」
↓↓
「助けてもらうことはありがたい」
↓↓
「いや、むしろ僕に関わったのも縁のものです。よろしくお願いします」

くらいには図々しくなりました。
いや、なろうとしています。


この記事のタイトルは、新井英樹の漫画作品『宮本から君へ』のなかの台詞。

主人公宮本が、譲れないことのために会社を休みケガをして入院。退院後、宮本が上司の小田に迷惑をかけたことを口にした後に続く小田の台詞です。

「ええやないの 勝手しとったら……
人間 生きとる事自体 わがままなんやから
せやけど 勝手しとって
割り食う人間の顔色見るのは卑怯ちゃうか」

『宮本から君へ』/新井英樹(講談社)


生きている以上、周りに迷惑をかけて生きている。お互い様、なんて軽い言葉で片付けてはいけない。
誰だって自分事として動けば「そうせざるを得ない」ことがある。それをわかって周りは割りを食ってくれる。
ただ、説明や言い訳で、行動を理解してもらおうとか、擁護してもらおうと思い過ぎてはいけない。それは勝手した人間が最低限持つべき礼儀のようなものだと思う。


最後に、こんな台詞を会社の上司にさらっと吐かせる新井英樹のこの容赦の無さは爽快。
それでも夏の一服の清涼剤にはならないくらい暑すぎる大好きな作品です。



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