【人相学】『武者鑑』北条時政／牧の方／巴御前／和田左衛門尉義盛

2024年1月18日 12:44

北条ほうでう時政ときまさ
時政ときまさは、北条ほうでう四郎大夫時家ときいえの子こなりしが、源氏げんじ再興さいこうに心こころを尽つくし、且かつ、頼朝よりともを聟むこと做なせしゆへに、東国とうごく平定へいぢやうして後のち、頼朝よりとも執権しつけんの職しよくを司つかさどらしむ。

その性せい、甚はなはだしき ■曲かんきよくにして我威がいに募つのりて、忠臣ちうしんを多おほく害がいす。尤もつとも、相さうする所ところ、頬骨ほうぼね高たかく、荒々あら／＼しく頤おとがひの骨ほね大おほいにして、耳みゝの根ねより張はり、眶まぶた陥おち凹くぼんで、鼻はなは鳶口とびぐちのごとく、法令ほうれい深ふかく、魂性こんじやう悪あしきこと、顕然げんぜんとして、所謂いはゆる鎌倉かまくらの為ためには獅子しゝ身中しんちうの虫むしとも言いひつべし。然しかし、仏神ぶつしんを尊たうとみ、殊ことに江えの島しまの弁財天べんざいてんを信しんず。故ゆへにや、子孫しそん大いに富とみ栄さかふ。

※ ■は、女+友+干。

牧まきの方かた
牧まきの方かたは、時政ときまさの後妻こうさいにて利発りはつの女をんななれば、時政ときまさ常つねに政事せいじの善悪ぜんあくを問とふとかや。

其その相さう、眼尻まじり下さがり、鼻はなにふしありて、眼めのはた薄うす黒くろく、脇わきの下したに毛け多おほく、極きはめて淫好いんこうの女をんななりければ、良人おつとの年としいたく長たけたるを嫌きらひて、一族いちぞくなる稲毛いなげの三郎さぶらうと姧好かんつうをなして、己おのが侭まゝのふるまひをなしけるが、又また、我わが聟むこの平賀ひらが武蔵守むさしのかみを将軍しやうぐんになさんと、時政ときまさにすゝむるに、悦よろこんで味方みかたを集あつむるといへど、此この縡こと顕あらはれて、余儀よぎなく時政ときまさ夫婦ふうふは伊豆いづへ蟄居ちつきよをなす。是これ世俗せぞくにいふ、牝鶏めんどりのときをすゝむるといふ。女をんなは可慎つゝしむべきの第一だいゝちなり。

※ 「牝鶏めんどりのときをすゝむる」は、女性が男性に代わって権勢を振るうことのたとえ。雌鶏めんどり勧すすめて雄鶏おんどり時ときを作つくる。

巴御前ともへごぜん
巴ともへは、中ちう三権頭さんごんのかみ兼遠かねとをの女むすめにして、今井いまゐ兼平かねひらの妹いもうとなり。義仲よしなか、是これを妾めかけとして毎いつも陣中ぢんちうへ伴ともなひ、一方いつはうの大将たいしやうとなすに、女をんなに似合にあはぬ無双ぶさうの大力だいりきにて、尤もつとも戦功せんこう多おほかりしが、粟津あはづが原はらの戦たゝかひに義盛よしもりに組くまれて、擒とりことなりしを、義盛よしもり軍功ぐんこうにかへて、是これを申請もふしうけて妾めかけとなして、朝比奈あさひな義秀よしもりを出産うます。

眼め圓まろくして少すこしゆがみ、青眼せいがんにしてすゞやうに見みへ、両りやうの眉まゆの正中たゞなかより上うへへさして、凹くぼみありしは、良人おつとをかゆるの相さうとはいへど、敵てきの為ために妾めかけとなるは何事なにごとぞ。勿論もちろん、実じつはこの時とき、義仲よしなかの胤たねを懐䏕どせしなれば也といへど、かの常盤ときは御前ごぜんの清盛きよもりに靡なびきしとは、又異ことなる所ところあり。たゞ勇ゆうは誉ほむべき女也。

※ 「朝比奈あさひな義秀よしもり」について、義秀よしひでに「よしもり」とふりがなが振られていますが、その理由は分かりません。

和田わだ左衛門尉さゑもんのぜう義盛よしもり
義盛よしもりは、三浦みうら大助すけ義明よしあきらの嫡孫ちやくそんにて、侍さふらい所どころの別当べつたうを勤つとめ、左衛門尉さゑもんのぜうとなる。鎌倉かまくらの柱臣ちうしんなりしが、其その心こゝろ直実ちよくじつの君子くんしなれば、常つねに北条ほうでう義時よしときと中なか睦むつましからず。竟つひに、甥おひの平太へいだ胤長たねながの縡ことより憤怒ふんどして、北条ほうでう一家いつけを亡ほろぼさんと一族いちぞく郎黨らうたう三千余騎よきにて三日みつか三夜みよ、大小戦たゝかひけれど、運うんつたなくとゝに亡ほろぶ。

寔まことに勤厚きんかうの人ひとなれど、時ときなるかな。此この節せつに至いたりて、眼中がんちうに黄き青あをき縷いとすぢ瞳ひとみを貫つらぬきしに、俄にはかにこの乱らんを引ひき出いだして、一族いちぞくともに家名かめい永ながく絶たゆるも天欤てんか命欤めいか悼いたむに絶たへたり。

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