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捕熊(くまをとる)

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [2]

くまの一名 子路しろ

くまは、かならず  大樹たいじゆ洞中ほらのうちみて、よくねむものなれば、丸木まるきふぢかづらにて、格子かうしのごとくゆひたるをもつて、洞口とうこう閉塞へいそくし、さて えだきりて、その 洞中どうちうおゝるれば、くまその えだひき入れて、洞中どうちううづみ、終に、おのれと 洞口どうこうにあらはるをまちて、美濃みのくににては、竹鎗たけやり因幡いなばやり肥後ひごには鉄鉋てつぽう北国ほつこくにては なたき といへる薙刀なぎなたのごときものにて、あるひきり、或はつきころす。

※ 「子路しろ」について、江戸時代後期に書かれた『江戸繁昌記』の「山鯨」の項目に、「子路」と書いて「くま」と読ませる記述があります。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『江戸繁昌記 5編 [1]
参考:『評釈江戸繁昌記(日本名著文庫)


出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [2]』
< 捕洞口熊 とうちうのくまをとる >

いづれも、つきすこしうへ急所きうしよとす。又、石見國いはみのくに山中さんちうには、むかし おゝ炭焼すみやきし、古穴ふるあなめり。これとるに、やり鉄炮てつぽうにて、すみやかにうちては、きもはなはだ  ちいさしとて、あくまでくるしめ憤怒いからせて、うちとるなり。

また一法いつぽうには、おとしにてるなり。これを、豫州よしうにて、天井釣てんじやうつりいふ(又、ヲソとも云)。阿州あしうにて、おすといふ(ヲスは、ヲシにて古語こご也)。そのさまにてるべし。

ながさ 二けん竹筏いかだのごときしたに、鹿しかにくふすべするをとす。又、かしは、 シヤ/\キ なども まく也。

うへには、大石おほいし二十ばかりく(又、阿しうにて、七十五くといふなり)ものなれば、おつときおとらいのごとしおちて、なをしたより おしうごかすこと 三日ばかり。その やむ ときて、いしのぞき、おしをあぐれば、くまたちながら、あし土中どちうに一尺 ばかふみいりすること、みなしかり。

※ 「シヤ/\キ」は、ヒサカキ(モッコク科ヒサカキ属の常緑小高木)のことと思われます。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [2]』
< ■[■は阝+在+土] 弩捕熊 おしにてくまをとる >

また一法いつはうに、おと [■は阝+稲の右] しあななれども、おしせいにたり。なかにも、飛弾ひたち加賀かゞこしくにには、大身おほみやりもつ追逈おひまはしてもれり。にぐることの  はなはだ  しければ、かへせと一声ひとこへをあくれば、くま たちかへりて、ひとにむかふ。このときまたつきといふ 一声ひとこへおそるゝ ていあるに、たちまちつけいりて、つきとゞめり。これ、猟師りやうし剛勇がうゆうかつ手練しゆれん早業はやわざにあらざれば、かへつあやうきこともおゝし。

※ 「こしくに」は、古代北陸地方の国名で、奈良時代の越前、加賀、能登、越中、越後、佐渡、出羽の南部にあたります。


出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [2]』
< 以斧撃熊手 おのをもつてくまのてをうつ >

又、一法いつはうに、駿州すんしう府中ふちうとるには、くまあな左右さゆうに、両人りやうにん おほひなるおのふりあげもちちかけ、ほかいち両人りやうにんひとして、えだながらをもつて、あなうちつきぐれば、くまそのちうへひきいれんと、をかけてひくよこたはりて、任せされば、なをゑだこゝかしこに をかくるをうかゞひて、かの 両方りやうはうよりおのにて両手りやうてうちおとす。くまは、ちからおゝものなれば、これいきおひつきて、つひる。かくて、きもり、かわいだすこと、奥州おうしうおゝし。津軽つがるにては、あしにくくらふて、貴人きにんぜんにも、これくわふ。

くまつねしよくとするものは、山蟻やまありたけのこ、ズカニ、およそあまきをこのめり。獣肉じうにくくらはぬにあらず。蝦夷ゑぞには、ひとちゝにて やしなおくとも云へり。


出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [2]』

取膽ゐをとる

熊膽くまのゐは、加賀かが上品じやうひんとす。越後ゑちご越中ゑつちう出羽ではいづもの、これにぐ。その四国しこく因幡いなば肥後ひご信濃しなの美濃みの紀州きしうそのほか 所々しよ/\よりもいだす。松前まつまへ蝦夷ゑぞいだもの下品げひんおゝし。されども、加賀かが かならず上ひんにもあらず。松前まつまへかならず下品げひんにもあらず。そのしやうその時節ぢせつその さばくもの手練しゆれん工拙こうせつにもありて、一概いちがいにはろん○○○たし。

加賀かが上品じやうひんとするもの三種さんしゆ黒様くろて豆粉様まめのこで琥珀様こはくでこれなり。なかにも、琥珀様こはくで もつともまされり。これは、夏膽なつのゐ冬膽ふゆのゐといひ、時節ぢせつによりて、ことにす。なつものは、かはあつく、膽汁たんじう すくなし。下品げひんとす。八月以冬膽ふゆのゐとす。これかわうすく、膽汁たんじうてり。上品じやうひんとす。されども、琥珀様こはくでは、夏膽なつのゐなれども、ふゆまさ黄赤色わうしやくしよく にて透明すきとほり、黒様くろではさにあらず。黒色こくしよく ひかりあるは、これおゝし。


試眞偽法にせをこゝろみるはう

和漢わかんともに、偽物ぎぶつおゝきものとへて、本草ほんざう綱目かうもくにも 試法こゝろみのはうのせたり。米粒こめつぶ ばかり水面すいめんてんずるに、ちりさけて、運轉うんてんし、一道ひとすぢ水底すいていいとのごとくにひくものしんなりと云て、あんずるに、これ古質こしつはうにして、いまだつくさぬにたり。すべて、けものきもいづれものたりとも、水面すいめん運轉めくること、熊膽くまのいかぎるべからず。あるひは、獣肉じうにくほふり、あるひは、煮熬しやがうなどせし。いへすゝを、これまた水面すいめん運轉うんてんすること こゝろみてしれり。されども、素人しろとわざこゝろみるには、この はうほかなし。もしやむこと不得ゑずみづてんして 水底すいていいとひくこゝろみるならば、運轉めくること とぶがごとくはやく、その いと いたつほそくして、もつとも 疾勢物するときものをよしとす。運轉めくること おそものまたしづかにめぐりてとゞまるものは、みなよろしからず。又、運轉めくること はやきといへども、こと/\きへざるものからず。不佳物よからざるものは、おのづからいきほくだけ、いと進疾すみやかならず。またのごときものおちるも下品げひんとすべし。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [2]』

又、水底すいていにて、黄赤色わうしやくしよく なるは上品じやうひんにて、茶色ちやいろなるは きはめて偽物ぎぶつなり。作業者くろうとぶんは、香味かうみ有無うむもつ分別ふんべつす。およそ、眞物しんぶつにして、その上品じやうひんなるものは、舌上ぜつじやうにありて、にはか苦味くみをあらはす。かの 苦甘くかんくちいりて、むちやつかず、苦味くみ侵潤しだひまさり、口中こうちう 分然ふんぜん(さつぱり)として、清潔きよし。たゞ 苦味くみのみあるものは、偽物ぎぶつなり。苦甘くみものよしとす。また、羶臭なまくさき 香味かうみものよからずといへども、これは、にくやしなはれしくませいにして、かならず 偽物ぎぶつともさだめがたく、そのうち はじめあまく、のち 苦物にがきものおとれり。又、焦気こげくさき物は、良品りやうひんなり。この試法しはう おしへておしゆべからず。かならず 年来ねんらい練妙れんめうたりとも、真偽しんぎへんじやすくして、美悪びあくべんじがたし。


制偽膽法にせをせいするほう

黄柏わうばく山梔子さんしし
毛黄蓮けわうれんの三ごく細末さいまつとし、山梔子さんししすこいりて、その のぞき、三味さんみあはせて、みづくはしてせんむれば、黒色こくしよく 光澤ひかり かはきて、眞物しんぶつのごとく、これを裏むに、美濃みのかみまいあはせ、水仙すいせんくわの根のしるをひきてかはかせば、つみものらすことなし。つゝみてしぼり、いたはさみて、陰乾かげぼしとすれば、かみしわ、又、薬汁やくじううるほひみて、じつ膽皮たんひのごとし。もつとも冬月ふゆせひすれば、暑中なついたりて、爛潤たゝれやすし。かるがゆへに、かならず 夏日なつのひせいす。これは、備後びんごへんせいにして、他國たこく大抵たいていかくのごとく、他方たはう こと/\くはしりがたし。

また俗説ぞくせつには、こねりかきといふものあぢにがし。これを、古傘ふるかさかみにつゝむもありとへり。あるひは、しん膽皮たんひ偽物ぎぶつれしものも、まゝありて、これ おほひに人をまどはすの はなはだしき也。

附記

くまは、くろものゆへに、クマ といふとは云へども、さだかにはさだめがたし。これまつた朝鮮てうせん方言はうげんなるべし。熊川くまかはを、コモガイ といふは、すなはち クマカハ のてんじたるなり。いま朝鮮てうせんぞくくまを コム といへり。



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