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花の香とその余韻

 夕月さんの、「揺らめく焔と花の香」の後日譚になります。
 →揺らめく焔と花の香はこちら


 ウキグモにアロマキャンドルをもらった次の日の朝、ジャンニはいつも通り、自然と朝5時に起きた。
 そして。
 …安眠効果、凄すぎないか…。
と感動すら感じている。
 今日の寝起きの爽快感は、この仕事を始める前。12時に寝て5時に起きるまで夢など見ずにぐっすり眠れていた、その頃とほぼ同じだ。

 人の記憶を扱うことは、少なからずジャンニにも影響を与える。 
 覗いた記憶なのに自分の記憶のように夢に見るし、ちょっとしたフラッシュバックのようなものに襲われて夜中に飛び起きてしまったり、仕事中にふと現実感がなくなってしまうこともある。 
 今回は同じ記憶と数日間付き合い、最後はどちらが相手か自分かわからなくなるぐらい朦朧としていたので、一週間では元の生活に戻れないだろうなと覚悟していたのだ。
 だが何と言うことだろう。まだほんの数日しか経っていないのに、熟睡できてしまった。

 これだけ頭がスッキリしているのなら、仕事が随分と捗るはずだ。
 今日は少し滞っているクライエントの資料整理をして、もう少しカウンセリング予約を増やせるようにしたい。
 ジャンニは意気揚々と出勤した。

 食堂に向かおうとしていた昼下がりのウキグモは、八番隊の前を通り過ぎようとして立ち止まった。
 ?と思い、少し後ずさりする。そして
 …おい!昨日の今日でこれか!
と、カウンセリングルームの窓をノックした。
 パッと顔を輝かせて会釈をしたジャンニが窓を開けたので、その頭を拳でグリグリしながら言う。
「今日はっ、お前っ、休みのはずだろっ。なんでっ、いるんだよっ」
「わ、ちょっ、痛っ、痛いですっ」
グリグリされたこめかみをさすりながら、ジャンニが答える。
「近年まれに見る爽やかな目覚めだったので、仕事に来まし…」
まで言ったところで、ウキグモは今度は両頬を掴んで伸ばす。
「本末転倒だろ!俺が昨日言ったこと復唱しろ!」
「今日は沢山食って、沢山飲んで、早めに寝ろ」
と答えるので
「そこじゃないっ」と重ね、自分が一番言いたかったことを言った。
「自分のことを労われって言っただろ」
ため息をつく。
 今日が休みだと知っていたから飲みにも誘ったのに、何やってんだ。
「…言ってくれて…ましたね…。せっかくの厚意を無にしてしまい、すいません」 
反省が形になったような表情で言われると、それはそれで心が痛む。ウキグモはクシャクシャと自分の髪をかき回して、ぶっきらぼうに言った。
「それでプレゼントどうだったんだよ。効き目あったのか?」

「ものすごかったです!」
ジャンニが目を輝かしてウキグモを見た。
「そうだ、それを聞きたかったんです。なので、自分用とカウンセリング室用に買い足そうと思いまして!」
「お…おう?」
いつもとは桁違いのテンションで言って来るので、若干引きながら答えたウキグモだ。
「売ってる店がわからないので、一緒に買いに行ってもらえませんか?」
 本日2回目の?がウキグモを通り過ぎて行った。

 …あのファンシーな小物屋に男2人で…?
 飾りがついたカゴや花模様の皿などで溢れる店内がウキグモの頭を去来する。まあまあ勇気を振り絞って入ったことや、プレゼント包装と言う時に緊張で噛んでしまったことなども併せて思い出す。
 もう行くことはないだろうと思っていたあそこに2日連続で…
だが情に厚いウキグモには、この、目の前で目を輝かせている後輩の頼みを断るという選択肢は元よりないのだ。
「…わかった…。用意して来るから、ちょっと待っとけ」
返答の声色がちょっと暗くなってしまった気がする。

 買い物に付き合う羽目になったウキグモだが、その効果を自分でも試してみたくなり、自分用にこっそり1つ買ってみたのは内緒である。


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