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⑩ エンキ

年齢:43〜6

性別:男性

身長:178cm

所属:元ヴァサラ軍十一番隊隊長『暴神』→ 寺子屋教師

極み:火の極み

武器:大刀「ダンザイ」(極みを使う際にはマグマのようなものが出る)

特記:右足がない

 幼い頃、地獄山で暴れていたところをエイザン和尚に助けられる。その頃から極みは使えていた。
 自分の強さには自信を持っていたが、カムイとの戦闘で右足を失う。
 その後、エイザン和尚の影響や、入隊当時世話になった先生の寺子屋を建て直そうという気持ちから寺子屋の教師になる。(寺子屋はヴァサラ軍からそこそこ近い位置にある)
(@なのはな様

エンキ先生の物語はこちら→  暴神・閻魔伝


 
 ヴァサラ軍隊員の子ども達が通う寺子屋は2つある。1つはサクラが教える寺子屋で、もう1つはのエンキが教える寺子屋だ。エンキは元十一番隊隊長で、地獄山でエイザン和尚に出会ったことで後にヴァサラ軍に入隊することになったらしい。エイザン和尚に関わるとなると、八番隊所属のジャンニとも繋がりがなくはない。
 とはいえ、エンキの現役時代は「なくはない」程度だった。
 エンキは10歳前後年上だし所属隊も違う。隊長というだけで話しかけ辛いのに加えて、気楽には近づけない 雰囲気があった。
 そんな訳でほとんど接点がなく、カムイとの戦闘で片足を無くした時に、おそらく初めてエンキと話をしたのではないだろうか。

 それまでも、衝撃的な体験をした直後の隊員に会いに行き話を聞くことはあった。でも今回は隊長だ。
 しかも強さに定評がある名高いエンキ隊長ということで、正直、どんな感じで会えばいいのか非常に戸惑った覚えがある。
 緊張を紛らわせるために、危機介入の必要があるのはどこなのかを、聞いた事前情報から色々考えながら向かった。
 初めて相手に負けたことであるとか、または足を失ったことで今までと同じ生活ができなくなる喪失体験であるとか、多分、そんな予測をしていたと思う。


 それにしても暑いな…。
 近くはないが、歩いて行くことができる程度には遠くない。だがエンキの寺子屋までの道程には日陰がほぼないのだ。
 少し広い屋根がある店先、高い建物が続く歩道、そして最後の日陰となる大きめの街路樹に辿り着く。
 住んで15年ともなると、すっかりこっちの気候に馴染んでしまった。
 自国の方が暑かったはずだ。そんな中で毎日僧服を着て過ごしていられた自分が、我ながら信じられない。
 半袖Tシャツとデニムパンツは出勤するにはこれ以上無理というくらいの軽装なのに、これだけ暑いとはどういうことなのだろう。
 蜃気楼のようにモヤが上がっている地面を見ていると、この木陰からなぜあの灼熱地獄に踏み出さなければならないのかと受け入れ難いのだが、そんなことを言っていても仕事は終わらない。
 寺子屋の教師はエンキ1人だ。座学を教え、共に運動をし、遊びの相手をする。
 それも片足で。
それを考えると、暑さぐらいで文句を言っていてはいけないという気がした。

 まだ資格をとったばかりの頃、カウンセリングに関わる仕事の中で先輩たちから学んだことがたくさんあった。
 エンキもその1人だ。

 会ったのは病室ではなくリハビリ室だった。
 足を失って間もない内にもうリハビリを初めていることを驚くと共に、もしかしたら現実と向かい合うのを避けているのかもしれないとか、衝撃体験後のハイかもしれないとか考えた。
 だが病院スタッフと談笑しながらリハビリをしている姿を見ていると、特有の不自然さのようなものが全くない。実際話してみても、戦闘の話題を無意識に避けるということもないし、初めて戦闘相手に負けたショックなども普通に話して来る。
 喧嘩に負けた時の話のようだなと思った時、不意に、腹落ちするものがあった。

 この人は、負けても失ってもいないのか。

 目の前にいる人は、確かに特別な状況にはいる。けれどそれは必ずしも、本人が特別な状態であることとイコールではない。
 この人は今以上に強くなりたいからリハビリをしているのであって、それは多分本人の中では、隊員達の訓練と変わらないのだ。
 とても大切なことを教わったと思った。
 と同時に、うまくやろうと思っているからこそ単純な決めつけを行ってしまうという矛盾に「人が人として人の話を聞く」ということを考えた。
 こんな初期に、これから一生涯行おうとしている仕事の危険を知れたことは本当にラッキーだったと思う。


 予想通り、エンキはすぐに前線に復帰した。
 普通の兵士では重くて持ち上がらないあのダンザイを以前と同様に使いこなす様は、多くの傷病兵に随分希望を与えたことだろうと思う。
 ヴァサラ軍を退役後は寺子屋の教師となった。
 その寺子屋をスクールカウンセラーとして訪問し、教師としてのエンキを見た時、人間というのはこれだけ違う表情を持っているものなのかと自分の人間理解の甘さを突きつけられた気がした。
 そしてその幅が人ということなのだと思った時、ジャンニは初めて、他人をちゃんと見られる目を持てた気がしたのだ。

 年齢を重ねるごとに失うものは増えてゆくのだと思う。
 けれどそれを、持っていたものがなくなったと考えるか、「それがない私」という新しい生活を始めることだと思うかは、人生の彩りを大きく変えるだろう。
 喪失体験というのは同時に、獲得体験でもあるのではないだろうか。
 そんなことを、片足を失ったこの先輩と向かい合いながら、自分は勉強して来た気がする。

寺子屋絵図(和室六畳は左面と前面が障子になっている)


 エンキの寺子屋は、寝る場所も兼ねている宿直室的な職員室と教室、体育館にもなる講堂が一つになった大きい屋敷のような作りだ。
 げた箱がある、生徒も使う大きめの玄関を入ると最初に職員室があり、その奥に教室と体育館がある。
 汗が少し引くまでと玄関に座って涼んでいると、頭の上から声がした。
「その姿見ると夏が来たと思うよな」
 寺子屋はバリアフリーの作りになっている。廊下にある手すりに少し座るように寄りかかり、片手に教材を持ったエンキがちょっと笑って見下ろしていた。
「すいません。邪魔ですか?」
座っているのは職員室のドアが開くとちょっとぶつかるくらいの場所だ。
「と思ったけど、大丈夫だったよ。生徒が地図持って行ってくれてたから」
廊下側の教室の窓から中を窺いながら言う。
 エンキは結局義足を作らずに、日常生活を片足で送っていた。そのため生徒が積極的に先生を手伝う教室風土ができている。

 「今日は後1時間授業があって、給食食べて下校だよ。暑いからサマータイムにして、登校1時間早めてんだ。お前も食べて帰るだろ?」
 言うと休憩時間が終わったようで、手すりから手すりへと、器用に廊下を渡ったエンキは教室に入った。
 机から半身乗り出して話していた生徒が机づたいに通りやすいように体を引く。何か手伝うことがあるかと探るように、黒板前の机に座るまでを皆が見送るのが特徴的だ。

 仕事上、週1で来るのは来ているのだが、今まで特に何の問題もない。
 女子には紳士的に、男子には時折頭を撫でたりなどを織り交ぜながらあっけらかんと接するエンキの授業を見ていると、低学年を教える男性教師がいて本当に良かったなと思う。
 男の子は女の子に比べ弱みを見せ辛い所はあるだろうから、年上の友人のようでもあるが兄のようでもあり、親には話せないことを話せる相手として教師がいることは、とても重要な気がする。

 ジャンニは学校に通った経験はないが、所属教会は大きくて牧師志望の少年が常に何人かいた。牧師数人が教える基礎教養と神学の授業を受けていたが、話をすることはもちろん姿勢を崩すことも許されずひたすら聞くという方式だった。
 だが目の前で行われているものはそれとは全然違う。授業一コマ内でも、皆の集中力が切れそうな時には休憩できるような雑談も入れるし、生徒はそれなりに自由に動いたり話したりもしている。
 教えている姿というのはカッコ良いものだ。
 授業という一つの演目を、教室という舞台を仕切り演じているという印象をいつでも受ける。
 支配的にならず舐められもしないアメとムチの使い方は見事で、長年この仕事と真剣に向かい合って来た専門性を感じさせた。

 ワッと教室の中が賑やかになる。
 目を覚まされた気持ちで窓の中を見ると、生徒たちが自分の席を寄せて島を作っているところだ。黒板前の机から廊下まで移動するエンキと共に、男女1人ずつが教室の外に飛び出て来る。
「こんにちは!」「お疲れ様です!」と元気よく挨拶をすると、忙しく靴を履いて玄関外に出て行った。近くの村人たちが作ってくれる給食を取りに行く係らしい。
 エンキはそれを教室入口から見送ると声をかけて来た。
「1時間も授業見てて飽きないか?」
「全然飽きないです。生徒の様子だけでなく、教えてる姿見るのも好きですし」
正直な気持ちを答えると、
「何だよそれ」
と笑いながら、ジャンニを教室に招き入れた。

 教卓横の事務机で生徒に背を向けず2人座るとなると、一つの角を挟む形になる。自分がカウンセリングの際によく使う90度という席並びで食べているからか、何となくサラッと言ってしまった。
「義足や杖などの歩行補助具は、やっぱり使わないんですか?」
 今まで誰にも聞かれたことがないのだろうか。意外なことを聞くなという顔でエンキはこちらを見た。
「そんなことが気になるのか。変わってんな」
 その答え方はごく軽いもので、リハビリ室で初めて会った時と同じだ。
 あの時とは違い今は、何か思うところがあるのかもしれない、けれど特にないのかもしれないと思いながら聞けている。
 エンキはちょっと考えてから答えた。
「俺がこれだからとしか言いようがないな」
 先生らしく、その抽象的な答えを少しずつ噛み砕きながら説明し直してくれる。
「今までの自分を肯定するとか大袈裟なものじゃなくて、そうだな。俺はたまたま足だったから義足や杖って手段があるけど、そういう手段がない場合はそのまま生活していくわけだろ。だから同じように、俺も片足を失った人間としてやっていけばいいんじゃないかと思うんだよ。誰にも迷惑かけてねーしとは言えないけど」
屈託のない笑顔で続けた。
「まあ、結構上手くやっていけてる方だとは思うぜ」

 足がなくなったのか。なら仕方ない。と、そのままやっていくということ。それはとてもこの人らしいと思った。
 ヴァサラ軍内で見かけるだけだった頃から、大きい人だとずっと思っていた。
 いつ見ても2メートルくらいに見える身長や100倍くらいの敵がいても大丈夫だと思える背中、この人がいれば打開できると思える安心感は、きっとその人間の大きさゆえなのだろう。
 ちょっとやそっとでは叶わない大きさを、エンキは持っている。

 この人から学ばなければならないことは、まだまだ果てしなくあるんだな。
そう思った時、聞きたくなった。
 揺るぎなく大きな人だと思っている。その印象は昔から変わらない。けれど本人の中では、傍目からは見えない思いや変化などがあったりもするのだろうか。

「エンキさん。隊長だった頃と今とで、あなたの中で変わったことはありますか?」


→ ⑪ カルノ

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