見出し画像

スピンオフ:プロローグ1

 家から十数分歩くと大きな駐車場がある。これは総合病院の駐車場で、ここを突っ切って生垣の綻びをもぐると病院の裏庭に出る。
 今日も同じルートを辿り生垣から顔を出すと、いつもと同じベンチにパタパタしている足と綿菓子のようにフワフワの髪が揺れているのが見えた。
 誰かと話してるみたいだなと体を潜り入れてみた満月は驚いて、ベンチと相手の間に手を差し入れるように立ち塞がった。
「お前誰だよ」
 明らかにこの世のものではない子どもが目の前にいる。こいつは初めて見る地縛霊だ。千聖はどの幽霊とも友達になれると思っているが、家の神社が厄除けに強い神様を祀っている満月は、悪い幽霊もたくさんいることを知っていた。
 他の同年代の子どもより一回り小さく華奢な千聖は満月の体で目の前がすっかり塞がれてしまい、肩や脇からぴょこぴょこ顔を出しながら言った。
「昨日死んだ子なんだ。友達だったんだよ。大丈夫だよ」
「本当かよ。お前、千聖連れて行く気じゃないだろうな」
満月が睨むと地縛霊はスッと消えた。 
 連れて行く気満々じゃねーか。
この世では生きてる人間が一番強いと言うことも、満月は良く知っている。
「…ああ。ずっと友達でいるって約束してたのに…行っちゃった…」
「悪い幽霊もたくさんいるんだぞ。今のヤツだってお前を連れて行く気だったんだからな」
水色地に小さい動物がたくさんついているパジャマに青いカーディガンを羽織った千聖は、ちょっとしょげながら答えた。
「一緒には行けないって言ったよ。あの子だって、満月がいるから僕は行きたくないって知ってるもん」
フワフワの髪が少し萎んだようにも見え、満月はちょっと心が痛む。
確かに、幽霊を見たり話したりする力は満月より千聖の方が強い。満月は幽霊と意思疎通できるほどではないので、千聖の言うことの方が正しいのかも知れない。

 この街には「寺町」という地名の区画があり、そこには神社や寺が集められている。満月は神社の、千聖は寺の息子で、道路側からは隣同士ではないのだが、二つの建物は裏山の道で繋がっていた。神社も寺も歴史があり、寺は千聖の母親が1人で女住職をしている。
 2人は同じ年に生まれ、兄弟のようにずっと一緒に育った幼馴染だ。だが千聖は生まれつき心臓に欠陥があり、一年のほとんどを病院で過ごす生活をしていた。
「今日は幼稚園で何をしたの?」
ベッドの千聖が聞いてくる。
「図書館の人が来て絵本を読んでくれたり、ひらがなのスタンプを順番に押したりしたよ」
「あ、ひらがなってこれだよね」
パッと顔が輝いた千聖がベッド横のキャビネットから、薄い本を2冊取り出した。
1つには「ひらがな」と書いてあり、もう1つには「カタカナ」と書いてある。
「昨日は久しぶりにお母さんがお見舞いに来れてね、この2つをくれたんだ。ほら見て」
「ひらがな」の方の「あ」のページが色鉛筆で練習してあるのだが、クルッと巻く部分が変な形になっている。
「これ違うぞ。こっちからこっちにクルッとするんだよ」
と言う満月もそう上手には書けないのだが、さすが満月だねと感動してくれる。お絵描き用のノートを出して大きな字で練習し出したので、そのオレンジ色の「あ」の横に、満月も水色で「あ」の練習をする。けれどだんだんと同じ色では飽きて来て、もはや「あ」の練習なのか色々な色を使う競争なのかわからなくなってしまった。
 書いている手をふと止め、千聖が言った。
「僕のところに毎日来なくてもいいよ。満月には幼稚園のお友達もいるでしょ?ずっとここに来てたらお友達がいなくなっちゃうよ」
「幼稚園っていうのはな、みんなバスに乗って遠いところから来てるんだよ。歩いて行けるくらい近いのは俺ぐらいだからな。そんなこと気にしなくていいんだよ」
と、ちょっと満月は嘘をついた。
近くから来ている子どもも結構いる。待ち合わせをすれば近所で一緒に遊ぶこともできる。でも満月が大好きなのは千聖なのだ。だから千聖と遊べればそれでいい。
「そっか。みんな大変なんだね」
しみじみと言った千聖は、満月を見てニッコリと笑った。
「もうちょっと大きくなったら病気が治るんだって。そうしたら一緒に幼稚園に行こうね。1人で行くのは満月も淋しいでしょ?」
 もうちょっと大きくなったら、行くのは小学校なんじゃないかなあと満月は思ったのだが、「うん、一緒に行こう。俺が色々教えてやるからな」
と張り切って答えた。

しょげ千聖

all episode

スピンオフ:プロローグ2〜幼満月幼千聖

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?