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第七話

 剣道部の練習は、部活だけあってさすがに本格的だ。大学にはいくつか運動用の建物があるのだが、片隅で柔道の練習などもしているこの小体育館はおそらく道場のような役割があるのだろう。壁には部の賞状などもたくさん飾ってあり、それぞれの部の戦績は割と良さそうだ。
 高校の頃から大会は良く見に行っていたのだが、練習しているところをここまでしっかり見るのは初めてだった。同世代の、同じように剣道に打ち込む学生達と一緒にいるのは自然で、星陽はここに属しているのが正解なのだなと何となく思う。今まで見たことのない表情を、この数十分でいくつも見ていた。
 大学生活を楽しみ、そこそこ勉強してそこそこ部活やバイトもする。そういう普通の大学生というのは、あいつらのことだ。もちろん星陽もそうだろう。
 そして、俺とは違うんだよな。
弥幸は集団から目を背け、窓から離れた。
今まで感じたこともなかった痛みがチクリと走る。

 戻ることのできない沼にハマってしまった。
 束縛してはいけない。あいつはあいつの時間があり自由があるのだから、それを制限してはいけない。自分に見せない顔ももちろんあるだろう、他の奴にしか話せない話もあるはずだ。
 理性ではわかるのに、感情が全力で反対する。
 星陽の全部が自分のものであって欲しい。表情も悩みも楽しみも全て知っておきたいし、他の奴になんか見せたくない。
 こんなんクソだろ。
自分でも気持ち悪い奴だと思う。いなくなることが自分がなくなることと同じだとしても、星陽のためを思うなら適当な所で別れた方が良いのかもしれない。

 そろそろ部活が終わるかなと元の場所に戻って来ると、星陽は入り口の所で涼んでいた。声をかけようとしたが、ちょうど誰かに声をかけられたらしく後ろを振り向いている。マネージャーなのか何なのか私服の青年がタオルを渡していて、弥幸は思わず木陰に隠れてしまった。
 だがそんなことで大柄な体躯は隠れるはずもない。星陽は弥幸がいることに気づいたようで、急いでスニーカーを履いてやって来た、が、弥幸が近づくと不意に身を引く。そして待ってというジェスチャーをすると、入り口から引っ込んでしまった。
 やっぱりここに来るのはマズかったかな。
木陰から、より人目につかない体育館の陰に移動して待っていると星陽がやって来た。建物の角から顔を覗かせ、「どこ行ったかと思ったじゃん」と無邪気に笑っている。
「部活まで来て悪かったよ。こんなん来たらお前も恥ずかしいよな」
一瞬、ちょっと意味がわからないという顔をした星陽が、話を変えるように言う。
「練習後で汗だくだから拭いて来たんだけどさ、汗拭きついでに、あのカッケー奴俺の恋人って超自慢しちゃったよ」

 さっきまで1人でぐちゃぐちゃ考えていたことは何だったかな。
思い出せないぐらい全部吹っ飛び、身体中の力が抜ける気がする。
 あー。
 こいつには勝てないわ。てか、こいつしか勝たんわ。
腕を引き、角から壁際に引き込むと壁を背にさせる。
両手を壁につき逃げられないように囲うと、額にキスをして言った。
「お前のもんだったら汗も美味いよ」
髪をかき上げ首筋にもキスをする。唇に移った星陽の味をペロリと舐めとった。
一瞬動きが止まった星陽が、ババっとキスされた場所に手をやり、真っ赤になる。
ちょっと俯き、無言の時間が流れたかと思うと。

 突然胸ぐらを掴まれた。
唇が重ねられ、舌が差し込まれる。
不慣れなディープキスをした星陽は顔を離すと言った。
「バカか…っ!もう我慢できなくなんじゃん」
その潤んだ瞳と血が上った頬を見ていると弥幸こそ我慢ができなくなる。
顎を掴んで上を向かせると深く口づけた。足の間に膝を差し込み長いキスを繰り返す。
やがて星陽はズルズルと壁伝いに滑り落ち、地面に座り込んでしまった。
手を引くと微かにつぶやく。
「…無理。もう着替えないで家に帰る…」
すっかり腰が砕けた星陽を抱き上げると、弥幸は笑った。
「だな。俺らの家に帰るか」

 という一連のことを、激しいシャッター音が2人分行き交う後ろで満月はすっかり見ていた。
遠くに近くに聞こえるシャシャシャというシャッター音は、残像により3人ぐらいに見えるピンク髪の女性とサラサラ髪の少年のものなのだが、サラサラ髪の方は確か授業が一緒だった新入生代表だ。
 BLDの部員が…1人増えている?
どうやら部長が弟を同好会に引き込んだらしい。
「すごいな、情熱的だったねぇ」
キラキラしながら見ていた千聖が、満月の袖を引いていた手を外しカバンから携帯を出した。
「ちょっと僕も撮っとこ。ズームどのくらいいけるかな」
とBLD部員の邪魔にならないあたりで写真を撮っている。
 …まあ、うまくいったみたいで良かったんじゃね?
「ほら、もういいだろ。行くぞ」
だんだん構図に凝り出した千聖に声をかけて促しながら、
 BLDの新作はあいつらだな。
と、先行予約をしておこうと思う満月なのだった。


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第八話〜弥幸✖️星陽

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