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「楽しさも悲しさも1倍のままだけど別に」

好きな人と一緒にいれば楽しさは2倍になって悲しさは半分になるよ!って言説、何?とずっと思っている。や、別に言いたいことはわかるんですけど。

「楽しさ2倍」は、まだわかるのね。自分の楽しさ+相手が楽しんでいることへの楽しさで倍になるってことなのかな。でもそれどっちかっていうと「嬉しさ」じゃない?と思う。だからこれはまあわからんでもないけど日本語ってムズカシイヨネ〜って感じ。

でもさ、絶対にさ、悲しさは半分になんなくない!?

辛かったり悲しかったこと(=1)があったときに、てかまあ先一昨日くらいにあった新鮮なわたしの話をすると、半分こしてくれる他人がいたら1じゃなくなるわけじゃないなと思ったの。どこまでいっても1は1で。

でも、確かに、一人で抱えてるとその1が2とか3とかになるんですよ。バッドなコンディションでネガティヴな思考を繰り返すと、「なんで」「どうして」「こうだったら」「ああじゃなかったら」って、悲しさは肥大していく。だから一人じゃないと思えることは本当に大事だな、とは身をもって知ったのですが。

「楽しさも悲しさも1倍のままだけど別に」

1倍のままだけど別に。という反論ではなく、1倍のままだけど別に、その1倍のままで止めて置けるような環境は、それこそが、確かに素晴らしいなと思ったっていう話です。だから半分にはなんないわ別に。というのは反論です。

あと、「俺が君の悲しさ背負う系の歌詞」、やっぱ嫌いだなと思いました(※わたしは最近ラブソングを仕方なく聴き漁っているのだ)。


ここ数日「孤独」のことをめちゃくちゃ考えて生きてるんですけど、すごい元気。元気に「孤独」について考えている。これちょっと自分史上ではとっても新しいことで、嬉しいです。ちなみに昨日書いた「書きたいけどもう少し寝かせたいこと」であるので、いつか書こうと思います。

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