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【生と死】人として生まれてきたこと~嬉しさをかみしめて~

はじめに、少し重い話になってしまいますのでご了承ください。私の心の中の思いを出し、生きていることへの新たな考えを見出したものでございます。では。

生と死。この言葉は一見矛盾しているように感じるものである。今までの私はそうだと思っていた。だが、本当にそうだろうか。今の私はそうは思わない。なぜなら、今、生きていることも私が生きたいと思ってここにいるからだ。そう、毎日何気ない日々を過ごしているときも、何かを成し遂げようにも、選んでいるのだ。生きることを。
だから、明日、今だって生を選んでいるし、死を選ぶこともできる。でもそんなことはしない。だって、生きたいから。ただそれだけ。

楽になりたい時、死にたいぐらい苦しい時、辛い時はある。そんなときはいつだって自分を否定して、やりたいことを見いだせず、生きる意味を問うてきた。そんな時を過ごして今、私が生きているのは、生きたいから。生きることを選択してきたから。

生きることの素晴らしさ、凄さ、命の重み。今までどれだけ感じてきただろうか。どれほど感じられただろうか。

生きたくても生きることができなかった人。その選択が何かによって阻まれたしまった人。テレビcmやテレビ番組、Youtubeなどで見る人の姿。

その人たちのことを考えても、私の周りの人のことを考えても、命を粗末にすることなんてできない。してはいけない。

これまでどれほどの人が自ら命をたったのだろうか。
今、日本や韓国で多くなってきている数。
逃げることができない環境、好きなことで生きていく、自分で考えて生きていく、そんなことができない環境がある。そこで、その環境を変えようと頑張っている人がいる。その反対に、その環境に馴染めず苦しむ人だっている。そんな中で誰かに何も話せず抱えてしまった人。
赤が生で、黒が死だとするとその振り子が真ん中にある時はチャンスの時。それに気づくことができなくて、黒にだんだんとよっていく。時々、何かで赤に戻っていく。でも簡単には動かない。どちらともにも。

真ん中にいるから。

人は幸せになりたい、愛されたいと願って日々を生きる。生まれた意味もそこにある。今幸せを感じられないのならその分頑張ってきた証拠だと思う。なにか目標を達成しようとして頑張ったけれど、その頑張りが実らなかったときの喪失感、悔しさの瞬間は幸せを見出すのが難しい。難しいけど頑張った人にはなにか得ようといて得られない何かが得られる。感じる、湧き出る感情は生きているから感じる。こんなことを言っている自分も変に腹が立つところもあるけれどその事実を忘れてはいけない。

人として生まれた瞬間から、あなたが、私が、あなたや私であることの幸せな存在だから。ひとりじゃないから。

生きるって辛いんだよ。でもそれよりもっと楽しいことがあるんだよ。それも含めて楽しいんだよ。
今つらいかもしれない。その辛さのために苦しんでいるかもしれない。なんでなんだよ。なんで。なんで。環境を憎んで、自分のできなさに腹が立って。腹が立っても生きたい。何かしたい。何かできることはないかと探す。

いつも生と死の間にいる僕らには選ぶ権利が、それからを、これからをどうするかも決めれるんだ。諦めるなんて早すぎる。まだまだやりたいことがある。やりたいことがなくても本当はやりたいことがあるんだ。だから。

この命を全うしたい。

ここまで読んでくださりありがとうございました。はじめに少し重くなると言いましたが、結構重くなり申し訳ありません。ですが、自分がどれほどの思いを抱いているのかを知ることができました。そして、生きることの素晴らしさ、この生命に感謝して誰かのために動く。周りの人には迷惑をかけると思うが、それより大きなものを返すくらい動いて感謝を伝える。1人じゃないよ。


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心の声を叫びます。ボソボソと。
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