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【小説】 輝くんが可哀想な話

「乾杯!」

 夏の夜空の下、百貨店の屋上のビアガーデンで杯を交わすのは、久々に会う高校時代の女友だち3人組だった。

「もうお互い26なんやな」
「やばいよね、アラサーだよアラサー」
「春香なんてもう関西弁忘れてもうてるし」
「やばいよね、やって」
「もう、かれこれ4年は東京に住んでるもん」

 3年ぶりに会うというのに、何の抵抗感もなく、昔の距離感に戻れる。女子会開始1分で、お互いの近況報告が始まった。

「あたし、来年結婚すんねん」
「えっ、冬芽もついに結婚すんの?」
「そう、既婚の千秋を見習って。あたしからプロポーズしたってん」
 冬芽がふふん、と威張る。
「冬芽っぽいわあ…」
「結婚って、見習ってするものじゃないでしょ」
「春香は? 彼氏おるん」
「うん、そのことなんだけど、先月入籍したんだ」
「ええ?!」
「うっそお! はよ言うてよお」
「来月まで、夫の仕事の関係で遠距離で。だからみんなにちゃんと報告するのは、同居を始めてからかなって思ってるの」
「そうなんや。じゃあうちらも他の人らには黙っとこ」
「せやな」
「でもこれで、私たち3人とも、既婚になるんだね」
「ほんま、色々あったよなあ」
「あったあった。高校の時とか、ずっと恋愛トークしかしてへんかったし」
「冬芽なんて、いったい何人に恋するのってくらい、惚れっぽかったよね」
「いや、好きになった数は千秋のほうが多いって。あたしは派手やけど、好きになったら一途やもん。千秋の飽きっぽさはやばかった」
「そやね。うちは結局、誰が好きとかじゃなく、駆け引きが好きやったんよね」
「覚えてる? 2年の夏、3人とも同じ人のこと好きだったの」
「覚えてるぅ。大池輝くんやろ? 祇園祭でみんなで告白して玉砕したよな」
「そうそう、ちゃんと順番と時間決めて。なつかしいわあ」
「輝くんも、まさか1時間毎に3人に告白されるなんて思ってもなかっただろうね」

 3人はあの頃の青さを思い出して、夏の夜空に向かいげらげらと笑った。


【2010年7月16日 午後6時 春香】
 私が一番最初だったよね。6時から7時までって、輝くんと約束して。
 授業が終わって家に帰って、大急ぎで浴衣着たの、覚えてる。
 四条河原町で合流して、輝くん、私の浴衣姿褒めてくれて。これは絶対いけるぞ、千秋と冬芽ごめん、って思ってたのに。
 そう、全員の浴衣を褒めてたのよね。輝くん、口が上手かったよね。
 今だから言えるんだけどさ、あの時、振られたけど、輝くんを次の冬芽に渡したくなくて、錦市場のところで、下駄の鼻緒が当たって痛い、って言ってずっとうずくまってたの。
 そしたら輝くん、私のことおんぶして薬局まで行って、絆創膏買って貼ってくれたの。優男だよね。
 で、他に引き止める方法が思いつかなくて、次はお腹が痛いって言って。そしたら今度は薬局で、下痢止め買ってくれたの。
 ねえ、腹痛って別に、下痢に限らないよね。でも輝くんは、下痢止め買ってきたの。デリカシーあるのかないのか、分からないよね。
 さすがの私もそこで恥ずかしくなって、しぶしぶ、四条河原町の交差点に向かう輝くんとバイバイしたの。
 あとの2人も振られろ~!って思いながらね。

【2010年7月16日 午後7時 冬芽】
 そうやったんや!確かに、あの時輝くん、ちょっと汗かいてて、急いで来てくれたんかな、とか思ってたわ。
 でも来てくれたってことは、春香は振られたってことや、やっぱり輝くんは私のことが好きなんや、とか思って。
 あたしもあの時実は、悪いこと考えててん。輝くんにお酒飲まして、ホテルに連れ込むつもりでおってん。
 いやほんま、アホやろ。処女やったけど、輝くんとなら! とか思っててん。
 でも輝くん、全然お酒飲んでくれへんし、8時近くになって、焦って、もう何の脈絡もなく、「ホテル行こ!」って言うてもうてん。
 と、いうわけで。っていうホテル、知ってる?そうそう、鴨川沿いにあるやつ。
 「と、いうわけで。いこ!ホテル」ってさあ、おっさんが若い子にお願いするみたいに。アホやろ。
 もちろん、丁重にお断りされたで。
 あたしも、あとの2人も振られてますように、って思ってたわ。

【2010年7月16日 午後8時 千秋】
 知らんかった…うちはさ、あの時、実は、告白OKされててん。
 いや、うん、ごめん。うん、実はそやってん。
 でも正直うちは、断られると思っててん。輝くん、何か疲れてたし、悩んでるふうやったから、前の2人のことが気になってんのかなって思ってて。
 そやからダメもとで、「鎌瀬くんと輝くんで迷ってるけど、よかったら付き合ってほしい」って言うてん。四条のマックで。そしたら輝くん、鎌瀬は女たらしやからやめとけ、俺と付き合おうって。意外やったな。
 え? 何で鎌瀬くんを噛ませ犬にしたんって? よお分からんけど、こういう言い方したら付き合える事が多かってん。特に鎌瀬くんは、良い噛ませ犬やったよ。何ていうの、男の嫉妬心を煽るタイプっていうんかな。
 でも、輝くんには振られる予定でいたし。それで、振られた〜って、春香と冬芽と大笑いしたかったし。
 やから、あ、ごめんやっぱり今のナシで、って言って、告白なしにしてもろてん。ほんでもう、マックも飽きたし、8時半くらいに帰ってもうてん。酷いよな。
 あたしも、誰も輝くんと付き合ってませんようにって、思ったなあ。


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 女子3人は、ビールを片手に、うっそお! えーー! うけるんやけど! 何それ! と真っ赤な顔で机をばんばん叩き、ひいひい笑い、10年ぶりに知ったそれぞれの秘密で、大騒ぎした。

「そういや、輝くん、まだ結婚してないんやってよ」
「えー、じゃあ冬芽いっちゃいなよ」
「ないないない! なんでよ!」
「今度こそ、ホテル連れ込めるかもよ」
「あたし婚約中やねんで? 輝くんとか、いまや全然好みちゃうわ」
「分かる! 昔あんなに好きやったのに、過ぎてみれば、あれ? あの人の一体何が良かったんやろ? って思うよなあ」
「いや、千秋は元から輝くんのことあんま好きじゃなかったじゃん」
「確かに。テンションやね。いえーい女子高生! 恋したーい! って」
「ほんまそれ。恋してる自分、楽しーい! って、な」
「青春だったねえ」
「青春やったなあ」
「青春に、乾杯!」
「うえーい!」

 隣のおじさんが、不審な目で彼女たちを眺めた。


いつもありがとうのかたも、はじめましてのかたも、お読みいただきありがとうございます。 数多の情報の中で、大切な時間を割いて読んでくださったこと、とてもとても嬉しいです。 あなたの今日が良い日でありますように!!