音楽パワーが音楽トラウマをきっと超える
「いい時間」を作るのって、けっこう難しい。
なのに、音楽はいとも簡単に「いい時間」を作ってしまう。
いい音楽を聴いて、いい時間を過ごすことが出来たなら、それだけで産まれてきた意味があるな、なんて思える。
要するにこの、先の見えない自粛ムードの中、髭男のハッピーな音楽に出会えて私は幸せ、という話。
*
ある日のお昼どき。
私「あのさぁ!」
夫「えっ…なに」
私「もうさあ!髭男のライブには、絶対行くと思うわ!」
夫「あ、そうですか」
私「ファンクラブも入るかもしれん!」
夫「あ、ハイ」
私「…私さあ、サザンが世に出てきたころを見れてないやん。生まれてなくて。それが残念で残念で仕方なかったんやけど、今、髭男がサザンの後継者なのかもと思ってから…もう!高ぶって高ぶって!!」
夫「へえ。サザンまでいく?」
私「いく。絶対いく。私が惚れたから絶対いく」
夫「ファンはみんなそう言うで」
私「いや関係ない。絶対いく」
*
ある日の午後。
髭男の楽曲解説動画を見たり、娘用の小さい小さいキーボードでパプリカの練習をする私を見て、
夫「髭男の影響すごいな」
私「うん。よく考えたら私、音楽好きな人生な気がしてきたわ。あのピアノのトラウマがなかったら、今頃もっと音楽を楽しんでたのかなあとか思う」
夫「ああ、あの話」
私「そう、あの話」
*
それは、私が7歳くらいの頃の話。
私はピアノの習い事に通っていた。
なんでも、父が「女の子にピアノをやらせる」というのに憧れがあったらしい。リビングにピアノが設置された。
私は、全然練習をしなかった。
正確にはそのへんのことは全く覚えていないのだけど、後から親に「全然練習しなかった」と聞かされた。
ただ、私が覚えているのは、緊張感のあるレッスン時間と、その後に訪れる、帰りの車でヒステリーな母に延々と罵られ、ラジオだか音楽だかのボリュームを最大にされるという、独特な折檻時間。
特に記憶に残っているのは、ある日のレッスンの帰り。
当時の私は一輪車が大好きでしょっちゅう乗りまわしていた。
教室を出て、前に駐めていた車のトランクから私の愛車(一輪車)を取り出す母親。
「あんたはこれで帰りなさい」
それだけ言い残すと、母は車に乗り込んで発進して行ってしまった。
一輪車を持って、呆然とする私。
フェンス越しに見える田んぼと、その奥に広がる山の景色を覚えている。
家は、その山の向こうだ。
無理ゲー。
晴れた空の下、見知らぬ土地で一人ぽっち。
悲しさと絶望感にえぐえぐと泣きながら、フェンス沿いに一輪車をキコキコ漕ぐ、7歳の私。不安に押しつぶされながらも、シュールな画だな、と心のどこかで思っていた。
キコキコキコ。
母は、大道路に出た所のガソリンスタンドの前で車を停めて、こちらを睨んで待っていた。
そう、うちの母は、マジで放って帰るタイプではない。そんなことをしたら、警察だ何だと大ごとになってしまう。身内の恥は絶対に晒さない、漏らさない。そんな隙は与えない。そういう人だった。
無事、一輪車ごと折檻車に回収され、私は家に帰ることが出来た。
私が自分で覚えているのはそのへんのことだけなのだけど、後から聞いたところによると、そのころの私はチックになっていたらしい。
私が顔をクシャっと中心に寄せるような変な表情をするようになって、母はカウンセラーに相談しに行ったのだそうだ。そこで、「ピアノ辞めた方がいいんじゃないの?」とアドバイスされ、辞めさせてみたらチックが治ったらしい。
そんなこんなで、ピアノおよび音楽は私にとって恐怖の対象となったのだった。
*
夫「あったねえ」
私「だから、小学校の音楽の時間にも、楽譜にも楽器にも苦手意識がすごい強くて、嫌いやったのよね」
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しかし、思春期にピークを迎えた家族との折り合いの悪さの中で、私を救ってくれたのもまた、音楽だった。
延々と口撃してくる母親のヒステリックな叫びを遮断するために、イヤホンを付ける。
こちらを睨んでパクパクと口を動かす母親を眺めながら、音量を上げて、上げて、上げる。
イヤホンの中では、シンプルプランが 「黙れ!」と、エヴァネッセンス が 「助けて!」 と、アギレラが「強くしてくれてありがとうな?!」と、私の代わりに爆音で叫んでいた。
彼らの音楽のおかげで、私は思春期を生き延びることが出来た。きっと世界のどこかにいる味方を信じることが出来た。
だから、苦手意識があったとしても、好きか嫌いかと問われれば、間違いなく私は音楽が好きなのだ。
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私「今になって、もしかして自分って本来は音楽好きな人間なのかもな、と思うねん」
夫「なるほどね。もうさ、ピアノ習ったらいいやん。今からやとプロにはなれんくてもさ、やり直すのは自由やん」
私「そりゃそうだ」
*
…と、いうわけで、私はこの歳から、トラウマを払拭しがてらピアノを始めてみようかと思います。
みたいな締めだったら綺麗だなあと思うんですけどね?
すみません。始めません。
まだもう少し、ゆっくり音楽との「楽しい」時間を過ごします。
ただ、なんとなく、そのうち、そんな時期が来る気がしている。
と、そういうお話。
いつもありがとうのかたも、はじめましてのかたも、お読みいただきありがとうございます。 数多の情報の中で、大切な時間を割いて読んでくださったこと、とてもとても嬉しいです。 あなたの今日が良い日でありますように!!