マンボウが成魚になる確率

 巷ではサウナが流行ってますね。今回はまだサラリーマンだった頃(2019年6月)に書いた銭湯に関する日記が掘り出されたので、掲載したいと思います。

✳︎

 東京にはもうあと500軒あまりしか銭湯が残っていないという。国会議員の数より少ない。15年前に比べると半減している。ピークだった1968年に比べると約5分の1の数になっている。

 たまに友人と銭湯に行くことがある。仕事終わりに合流して湯浴みする。それから何か食べて、家に帰る。というのを5年くらい前から季節の折に続けている。風呂の行き帰りに仕事の愚痴を言ったり、最近面白かったことやムカついたことをボソボソと喋る。人の悪口言ったり、時には賞賛したりする。思いついたことを言って無視されたりもする。違いに貶しあったり、罵りあったりもする。私は彼らのことが好きだけど、仲がいいかどうかはもはやよくわからない。

 メンバーの1人に銭湯屋の息子がいる。ここで少し数えてみる。東京の銭湯屋が各々平均2人ずつの子女を育てたとして、1000人の銭湯屋の娘息子達が東京に生まれ育っている。彼らの年齢が東京の人口の年齢分布に対応しているとする。東京の35歳以下の人口は全体の35%だから、35歳以下の銭湯屋の娘息子たちは約350人ということになる。東京23区の人口が1351万人なので、東京で生まれた者の中で、現在35歳以下の銭湯屋の娘息子として生きている確率は10万分の3以下ということだ。

 四つ葉のクローバーの発生確率が10万分の1というから、ほぼほぼ人間の四つ葉のクローバーを引き当てたに等しい確率だ。国家議員の娘息子として生まれる確率よりも低い。彼らはいわば東京銭湯業界のプリンスな訳だが、私の友人は特段気負うこともなく、優秀にサラリーマンをしていて、家業を継ぐ気もないのだという。もったいないと思う。が、継ぐ気はないのだそうだ。得てしてそういうものだろうとも思う。仲間うちでは銭湯経営の道に目覚めさせるべくプリンスを東京中の色んな銭湯に連れ回している。 が、一向に効果が出そうにない。

 今夜は満を持してプリンスの実家の銭湯に寄った。郊外(と言っても23区だが)にあるなんの変哲もない、落ち着いた銭湯であった。脱衣所では壊れかけ30円のマッサージ機の前でおっさんが1人ぽつねんと宙空を見つめていて(界隈では賢者と呼ばれる)、洗い場では老人たちが熱心に体を泡で擦っている。なんの変哲もないということ以上に銭湯に求められることはない。つまり、銭湯的には100点である。 番台に座る彼の母親に挨拶をして外に出るとまだ空には青さが残っていて、夏至時の夕暮れの風が火照った体を冷ました。まだ完全に暑くなりきる前の清々しい風だ。目には見えないし、金でも買えないもののうちの一つだ。(今のところは。)

「この辺には何もないので吉祥寺まで出てから飲みましょう」というプリンスの提案でバスを捕まえることになった。 気付くと20分に一本しかないバスがすぐそこまで迫っていて、ヘッドライトの光が夕闇に呑み込まれるスピードで我々はバス停まで走った。その瞬間、マンボウの卵が成魚に成長する確率は6億5千万分の1という話が頭をよぎった。が、バスが動き出した瞬間すぐに忘れた。

 私の好きな銭湯は、東京だと春日の富士見湯、代官山のさかえ湯、代々上の大黒湯、銀座今春湯、京都では五条梅の湯、銀閣の銀水湯、下鴨の栄盛湯、市役所近くの玉の湯、丸太町の桜湯、思い出の一乗寺雲母湯(きららゆ)などです。


友人たちへ:ウィッシュリストからサポートしてもらえると嬉しいです。