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エッセイ「バスボムの断末魔」

2024年1月17日、夜

今日もつつがなく労働を終えた。待ちに待ったご褒美お風呂時間。バスボムをひとつ手に取り、モクモクと立ちこめる湯気の先へと投げ入れる。「ぽちゃん」と文字に起こすと情けない音の後、バスボムの命をかけた演奏が始まる。浴室にじんわりと響く音はバスボムを待ち受ける残酷な運命とは裏腹に、私の鼓膜を心地良く揺さぶる。

半分ほど溶けたところでそっと湯船にお邪魔する。正しい使用方法は「完全に溶けてから湯に浸かる」のだが、どうしてもこの数分が待てない。「良い女は待つのよ」と誰か知らない女の声が聞こえる。それなら、待てない女は良い女ではないのだろうか。そうとも言えるし、そんなことは言ってない気もする。そもそも、別に、どっちでも良い。

私の肌に寄り付いてシュワシュワと音を立てるバスボム。ついに真ん中に穴が開いた。そっと手のひらで掬い上げ、外気にさらす。それまでの穏やかな「シュワシュワ」が一転、真夏の蝉のような「ショワショワショワショワ!」に変わる。また、手のひらを湯に沈める。再び穏やかな「シュワシュワ」。しかし、その姿はさっきよりも崩壊に近づいている。また、手のひらで掬い上げる。「ショワショワショワショワ!」これはバスボムの断末魔だ。最期の時まで必死に叫んでいる。一体何と言っているんだろう。「死にたくない」?「消えたくない」?君の想いを私はしっかり受け止められただろうか。ごめんな、ありがとう。

最期はバラバラのカスになって湯の中に消えて行く。「また、救えなかった…」と拳を握りしめてみる。私は1人で何をやっているんだろう。いや、1人でやっているから正解だろう。誰にも見せられない、私だけのお風呂時間。

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