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『まんが道』に出てくる映画ばかりを観ていた

 藤子不二雄A先生の訃報を目にした途端、数々の作品が思い浮かんだり、学生の頃、小池一夫が講師を務める授業にゲストとして来られたことを思い出したりしたが、そこに〈満賀道雄の死〉を重ねたのは、自分だけではないと思う。
 半自伝漫画として描かれた『まんが道』は、藤子不二雄Aこと安孫子素雄をモデルにした満賀道雄と、藤子・F・不二雄こと藤本弘がモデルの才野茂が富山県高岡市の小学校で出会ってから、やがて上京して漫画家生活をトキワ荘で送るようになる若き日を描いた青春漫画の金字塔だ。  
 8歳の時に中央公論社から刊行された愛蔵版で『まんが道』を初めて手にした。その頃は毎週、「藤子不二雄ランド」という全集が刊行されていたので、毎週書店で何を買おうか決めていた。あるとき、分厚い愛蔵版の『まんが道』1巻を目にして、これは何だろうかと訝しく思った。当時はまだコンビを解消していなかったので、藤子不二雄名義で出版されていたが、表紙の地味さに本当に漫画が載っているのだろうかと思った。普段買う漫画よりも高かったはずだが、どう親を説得したのか、それを買ってもらって繰り返し読むうちに、遂に1巻冒頭で宝塚に住む手塚治虫を訪問する夜汽車のくだりから、最後までコマ割りと台詞を暗記してしまい、空で言えるようになってしまった。

 漫画家を主人公にした作品、漫画家の半自伝的作品は数あれど、漫画を描く行為そのものと生活を、これほど豊かなディテールで再現した漫画は類を見ない。
 暗記してしまうほどの再読に耐えたのは、1コマの画が持つ情報量と、日常の何でもない出来事を丁寧に描く構成によって、時代と生活が浮かび上がってくることに魅せられたからだ。満賀が母の持ち帰ったシュークリームを食べながら外国のグラビア雑誌を眺めるだけの行動に3ページ、トキワ荘を訪ねた2人のために寺田ヒロオがパンを買ってくるくだりに6ページも使うのは異様としか言いようがないが、この悠々としたリズムが本作の魅力だった。

 ディテールの細かさは、漫画執筆中になると精緻を極める。本作がきっかけで漫画家を目指した人が少なくないのは、読むと漫画が描きたくなり、そして描ける気がしてしまう。自分もご多分に漏れず、小学生のときには、ここに登場する漫画用具一式を、つまりはPILOTの製図用インクと開明墨汁、丸ペン、Gペン、カブラペン、製図用烏口、下敷き用の『アサヒグラフ』まで忠実に揃えたことがある。直後に絵心が無いという大問題に直面して早々に挫折したが。形から入ると失敗することを学んだのは、これが最初だった。

 しかし、『まんが道』は自分にとってこの上なく大事なことを教えてくれた漫画だった。それは満賀と才野が暇を見つけては観に行く〈映画〉にあった。
 高校から帰ってきた満賀が、ちゃぶ台の上にサツマイモを蒸したおやつと共に母が置いていった招待券で観るラオール・ウォルシュ監督、ゲーリー・クーパー主演の『遠い太鼓』(1951)。
 立山新聞に勤務する満賀が映画記者となって担当するキャロル・リード監督『第三の男』(1949)、ハワード・ホークスがプロデュースした『遊星よりの物体X』(1951)。
 新聞ラジオ欄を担当していた満賀が、誤って前日の番組表を掲載してしまったことから騒動となり、失意の底にいる満賀を慰める才野と共に観に行くジョン・フォード監督『駅馬車』(1939)。
 手塚治虫に連れて行ってもらうロバート・アルドリッチ監督『ヴェラクルス』(1954)、ジョン・ヒューストン監督『アスファルト・ジャングル』(1950)。
 両国の二畳(!)の部屋へ下宿することになった2人は、到着したその日に近所の名画座で『雨に唄えば』(1952)を上映していることに狂喜して映画館に飛び込む。この深川の映画館では、ヘンリー・ハサウェイ監督『砂漠の鬼将軍』(1951)も後に観ている。
 才野が抜け駆けして観たジャン・ルノワール監督『大いなる幻影』(1939)に仰天する満賀。仕事明けに2人で新宿まで観に行くエリア・カザン監督『革命児サパタ』(1952)、講談社からの帰りに観る内田吐夢監督『血槍富士』(1955)、赤塚不二夫、石森章太郎らと観るセシル・B・デミル 監督『十戒』(1956)等々、映画全盛期の名作の数々を単に観たというだけでなく、スチール写真、模写も駆使し、的確な解説とあらすじも盛り込まれていた。そして映画を観に行く前の胸の高まりから、観た後の興奮までを漫画で再現してみせた。自分にとって最初の映画ガイド本は、『まんが道』であり、この漫画を読んでいなければ、映画が好きになっていたかどうかも怪しい。
 したがってレンタルビデオショップへ通うようになると、まず観たい旧作映画というのは、この〈『まんが道』セレクション〉だった。今にして思えば、『大いなる幻影』のような名作はともかく、『ヴェラクルス』『アスファルト・ジャングル』まで小学生のうちに観てしまっていたのだから、いかに巧みにその映画を観たいと思わせる語り口を持つ漫画だったかを思い知る。

 ところで、35年前に中央公論社から発売された『まんが道 春雷編』1巻の巻末は、2人がトキワ荘近所の松葉でラーメンを注文したものの、財布を忘れた才野が慌てて取りに帰るというコマで終わる。この時の満賀の不安げな顔の横には判読しにくい文字で「父のないまんが」と書かれていた。なるほど、確かに満賀も才野も父は既に亡く、息子を応援する母の愛情があったから、まんが道を歩んで来られたのだ。時おり父性を発揮する男たちが登場するが、満賀の伯父の立山新聞社長にしても、手塚や寺田にしても終始好意的に彼らを見守っている。父との葛藤が無縁だったことが彼らの才能を伸ばし、抑圧が存在しない珍しい青春漫画となったのだ。
 と、いうようなことを子ども心に感じて納得していたが、小学館クリエイティブから近年刊行された版を読んで驚いた。「父のないまんが」という文字が消えていたのだ。慌てて中央公論社版を引っ張り出してきてよく見てみると、子どもの頃は分かっていなかったが、単なる印刷ミスである。他のページの台詞が写り込んでいたようなのだ。30年にわたって誤読していたことが判明して呆然とした。
 藤子A先生からの奇妙なメッセージだとずっと思っていたのに。

「父のないまんが」

※『まんが秘宝』(洋泉社)掲載の『まんが道』を、加筆修正。

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