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徳島-海陽町②

徳島に来ていたんだった。慣れない場所でもよく眠れたものだ。
窓の外は明るかった。今日も暑くなるだろうが、どうせ海に入るのならそれでいいのかもしれないと思った。コンビニのたまごサンドと梅おにぎり、カップの海苔味噌汁を食べた。甘いコーヒー粉末がコップの底でペーストになった。コップを回し、コーヒーを溢さない絶妙な遠心力で溶かしながら飲んだ。

マツダの白い車のオーディオからはschntzlというベルギー人のキーボード/ピアノとドラムのデュオの楽曲がなった。今年の2月にライブイベントで一緒になった。演奏に感激して作品をbandcampで購入し、ダウンロードしてよく聴いていた。父親はジャズ贔屓のリスナーで、キース・ジャレットみたいやね、と反応していた。
途中の道の駅に寄ったがまだオープンしておらず、タバコを吸ったら海陽町まで行ってしまおうという話になった。

弟の購入した家を観に行こう、と父親が言い始めた。父親の雑な道案内で海部川沿いを上がっていくと、遠くに見える山の裾まで田園風景が広がった。稲の先は黄色くなってきていた。空も大地も鮮やかな色の平面。
弟の新居は屋根と外壁を残し、これから内装を新しくするようだ。外から見ると立派な農家のお屋敷。屋根を支える堀模様を施した立派な木組と重厚な瓦。庭と畑。裏山もついているらしい。
父親はこの結果に満足しているようだった。もちろん兄としても満足だ。いいね1500個プレゼント。

道の駅に寄るため高知県の東洋町に入った。道の駅は海水浴場に都合よく陣取っており、海の駅と銘打っていた。たしかに海の幸が充実。でもそれらを他所にミレー・ビスケットの大袋が目に入り迷わず手に取った。野菜も買いたかったが、この暑さのなか翌日まで持ち歩く気はしなかった。
海陽町に戻り町のスーパーにも寄った。都市にあるようなスーパーとさして変わらなかった。コンビニの中も一緒。どこにいるのか時々わからなくなるが、既にそうなっているのだ、仕方がない。ぼくはコンビニの高級アイス、シロクマを食べた。美味しかった。

昼食を食べられるお店を検索した。昨日に続き、またしても古汚いお店にヒットした。ハゼ天定食を頼んだ。父親は豚の生姜焼きが甘辛すぎると言ってまた気を落としていた。天ぷらにソースとは!これも徳島の食文化なのだろうか。

海辺のキャンプ地に着いた。トンネルから響く車の音が少し邪魔しているが波の音も聴こえた。少し歩けば広く海を見わたせるいい場所だった。
褪せたピンク色のシャツを着た若いお兄さんが娘さんらしき幼子を抱えながら歩いてきた。遠くからでも目が合ったのが互いに分かった。
「こんにちは。暑いですね!えっと、あちらで受付よろしいですか?」
キャンプ地のオーナーらしき人だった。
「おひさしぶりです!タープ無しですか?うわー、暑いっすよ!無理無理無理、暑すぎるでしょ!」
父親とは既に知り合いらしい。
「あのー、どういったご関係ですか?」
ぼくのことを聞かれたようだった。
「ああ、○○(弟)の兄です。」
「ええー!お兄さんでしたかぁ!いつもお世話になってます。」
似ていなかったのだろう。たしかにそうだ。
「弟がお世話になってます。」
「弟さん、急にこんな所に引っ越すって聞いて、どう思いました?」
ぼくはどう思ったのだったか。思い出すのに時間がかかりそうだったので、なんとなくの返事を返した。
決めたのは本人だが、そんな決断は意志を超えたところからやってくるものだ。家族もいて彼ひとりではないわけだし。ちょうどサーフボードの上でバランスをとるようにしてこの町に流れついたようなものではないだろうか。ぼくにはわかるはずもない。すべては偶然に過ぎないが、彼は充分にそれを愉しんでいるだろう。
ぼくは弟にいつかサーフィンを教えてもらいたい。そう思っただけだった気がする。

タープの保護がないテントの中は一瞬でサウナと化した。仕方なく洗い場の軒下に避難し、本を読んだ。寝ていた。
ふと目が覚めた。15時過ぎだ。海に入りたくなった。蒸したテントの中で青い水着に着替えた。
他のお客さんたちから距離を置き、海水浴場の西の端で海に浸かった。透き通る綺麗な砂浜だった。

足が届かないところまで平泳ぎで進んで行っては怖くなって岸に戻るという機械的かつ無駄な遊泳を繰り返した。海の水はどうしてしょっぱいのだったか。サーフィンはできなかったが、ぷかぷか浮いているだけで満足だった。
突然、魚が視界に入った。えっ、魚?魚は腹を見せて浮いていた。死んでる?波にさらわれそうになる魚を助けようと岸の方に押し返したが、魚は嫌がって跳ねた。そりゃそうだ。魚にとっては全く助けになっていない。むしろ逆なのだ。魚はエラ呼吸だ。途中で気付いた。気付いたけれど、ぼくは急いで脱いだサンダルを手にはめ、清流の鮭をはたき飛ばす熊のようになっていた。ぼくはこの魚を食べたいのかもしれなかった。

魚と目が合った。ぼくは魚と何を話したのだろう。ぼくは魚を海に帰した。魚の白いお腹は青い波の上でサーフボードになった。

陽が落ちる前から夕飯にした。父親がうおぜの干物を焼いた。食べ終えてもまだ明るかったので海辺を散歩しながら石を拾った。

陽が落ちた。することがなくなりテントに入った。寝ていた。

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