空気を読むこと。苦手なことスイッチ。

空気を読む。私はこれが苦手だ。

読めたほうがいい。間違いない。しかし、この言葉にはどこか消極的な意味があるように感じる。

我慢を植え付けられる国民性

まず、この言葉の根底にあるのは日本人の社会性思考だろう。量産型思考と言ってもいい。「AであればBであるべき」という考え方だ。日本は憲法において思想の自由を定めているが、学校教育によってほとんどの人の思考を固めて「型」を作ってしまう。

だからいつまでも、金勘定しか出来ない。表面上のことしか捉えられない。配慮が足りず、怒りっぽい人が量産されてしまう。すべて「成績」と「時間」、「抑圧」による学校教育の賜物だ。

日本における社会性の勉強とは我慢の勉強に等しいのではなかろうか。

ともかく空気を読む。ということに消極的な意味を感じる。「空気を読んで〇〇する」と言われる場面を思い浮かべれば分かるだろう。

そうして読めなければ笑いものにする。笑いものにして相手を貶めれば、相対的に自分が上がったように錯覚するからだ。日本の国民性があるとすれば打算的で狡猾。何が狡猾かと言えば、自分は矢面に立たないということだ。最小の力で最大の成果を出すことに固執しすぎている。

苦手が多くて行動できない

苦手なことはまだある。普通〇〇だろ。というやつだ。「普通ってなんだよ」と思う。思春期ではない。25だがそう思う。

「自分探し」のように答えがないものなら思春期の悩みでいいが、これはどうやら多くの人が暗黙の共通認識で知っていそうなのだ。どこで共有しているのだろうか。新聞のように定期購読すればいいのか?欲しい。

君にもあるだろう。苦手なこと。私の文章を読んでくれてありがとう。君が思ったように私にはみんなができるのに私にはできない。という悩みがある。しかし、君にはしょうもないことだと思われたかな。私には死活問題なのだが。

今、君が感じている悩みも周りから見ればそうなのかもしれないな。共感されなくてツライかもしれないけど皆余裕がないのだと思う。だからうまくいえないけど割り切るのも大事だと思うことにしてほしい。

私の悩みは君に届かず、君の悩みは周りに届かず。そういうもんだと。つまり悩まなくていいということだ。本当はね。でも悩んでしまうだろうね。

提案がある。自分の中にスイッチを作ることだ。そのスイッチを押してから10秒または30秒もしくは30分。君の悩みは消え、君の行動に迷いはなくなる。「苦手なことスイッチ」だ。どうだろうか。

これを読んでくれた君の気持ちが軽くなることを祈っている。

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