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自己紹介 - 30年のイタリア生活で出会った、美しいふつうの日用品

イタリアといえばデザインの国。
私は、30年以上前、プロダクトデザイナーになるため、この国に来ました。
若さ特有のエネルギーで、言葉も生活も「何とかなるさ」と過信して、1年くらいですべてを準備してミラノに来てしまいました。何の団体にも所属せず、誰の助けもなくイタリアに来てみると、今思えば当たり前ながら、「何ともならないこと」もたくさんありました。

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今でもよく覚えているけれど、当時は家から出る時、ドアの前で深呼吸をして、「生きてさえいれば、どんなことも解決できるさ」そう自分に言い聞かせていました。少しだけ分別がつくようになった今思うと、自分のことながら、なんて無鉄砲だったのだろうと驚きます。
そんな根拠のない楽観さで、何ともならないことも何とかしてしまい、たくさんの人に助けられながら、デザイナーとして、一人の女性として無我夢中で人生を歩み、気づけばイタリアで生活した年月が人生の半分をとうに超えていました。

2015年には、日本とイタリアの職人とインターナショナルなデザイナーのコラボレーションで、ものをつくり販売するブランド「Hands on Design」を立ち上げました。

そして5年。
やっと「Hands on Design」が軌道に乗り始めた矢先、コロナウィルスが世界を蔓延し始めました。

イタリアのコロナ第一波は、欧州初だったせいもあり、あれよあれよという間に、ある日ふと気づいたら歴史に残るパンデミックの渦中にいた、という感じでした。ロックダウンのピーク時に、どうしてもミラノの中心部に行く用事があり、意を決して家を出て、数人しか乗っていない地下鉄に乗り、大聖堂駅に向かいました。誰もいない地下鉄構内から地上に出た時の衝撃は未だに忘れられません。
大聖堂広場にも、ガレリア・ビットリオ・エマヌエーレにも人影はなく、場違いに美しくそびえたつ大聖堂の前に冷たい石畳が広がっていました。

まるで、最新のアプリで、写真から人だけ消してしまったように。

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私の愛するミラノ。
いつ来ても、ファッション誌から抜け出したようなかっこいいビジネスマンが速足で歩き、冬でも日焼けした魅力的な大人の女たちがヒールで闊歩し、手足だけが突然伸びてしまったような、ハッとするほど美しい笑顔の若者たちが楽しそうに群れている大聖堂広場には、餌をもらえなくなって戸惑うかのようなハトがいるだけでした。
突然、酸素不足になったかのように、苦しくなり、涙で視界がぼやけました。

私も、コロナ禍で立ち止まることを余儀なくされ、色々なことを考えました。仕事、日本の家族、イタリアの家族、イタリアという国、故郷日本、そんな様々なことにについて。

私は、正直言うと、自分が何人だかよくわからないのです。

日本に生まれ育ったから日本人なのは当たり前だけど、大学を卒業し、デザイン学校を終えた途端すぐにイタリアに来たので、社会生活はイタリアでしています。

イタリアで社会人になり、デザインの仕事を学び、恋をして、結婚して、家庭や親類を持ち、イタリア人の友人たちと過ごし、離婚をし、新しい恋をして、新しい仕事を始め、人生の凸凹を走り続けてきました。

イタリアにいると、家族に「お前は本当に日本人なんだから」とわけのわからない批判をされ、今は亡き父からかつて「お前はもう日本の会社では仕事できない」と言われびっくりしました。

本は断然日本語、でも話すのはイタリア語の方が楽です。
愛を語るのも、ケンカするのもイタリア語がいい。

でも、無性に日本語が話したくなる時があり(特に寝る前ベットの中で)、日本語のわからないパートナーに大声で日本語を話し続け呆れられます。

イタリアの新聞は毎日読み、政治にも社会情勢にも詳しいけれど、日本の事は良くわかっていないと思います。

食べ物は、日本食の方が好きだけど、食材はイタリアの勝ち。

私が30年で所有した車は全てイタリア車、でも元夫と現パートナーの車は日本車。

神様はいるけど、名前はない。

家の犬は2代に渡りイタリア犬、ラゴットロマニョーロ。彼とはイタリア語で話します。でも、不思議に1代目のガンゾも現2代目のモコも、こっそり日本語で話しかけると理解できます。

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芯は日本人で、周りを覆うのがイタリア人のような感じかもしれない。
アイスキャンディで言えば、木の棒が日本人で氷菓の部分がイタリア人。
木の棒がなければアイスキャンディは存在できないけど、重要なのは氷菓の部分、みたいな感じ。

何十年外国に住んでも、ずっと生まれた国のアイデンティティーを強く持ち続けている人がたくさんいて、海外に住む日本人には特に多いのです。そういう意味で、アイデンティティーがあいまいな私は、ひんぱんに劣等感を感じたりします。

将来日本に帰りたくなるかは良くわからないけど、今、欧州、そしてイタリアで生活できることは幸運だと思っています。
世界中の色々な国を回ったけど(今数えたら25国を訪れていました)、外に出れば出るほど、イタリアは世界一美しい国だな、と実感しちゃうのですよね。欧州の人道主義とイタリアの美しさ、文化の深さは、貧困や宗教政治的闘争で苦しむ国の多い地球の中の、小さな天国かも知れない…

さて、話がそれてしまいましたが、コロナ禍に話を戻します。

仕事でも、新しいものをつくり続けることを一旦停止せざるをえなくなり、あちこちを飛び回るより家にいる時間や過去を振り返る時間が増え、イタリアに30年以上住む自分の精神的基柱を考えたり、イタリアでの生活や想い出が色々と甦る中、ある日ふと思ったのです。

「そうだ、長いイタリア生活の中で出会った、物語のある日用品を紹介しよう。名も知られない職人たちが手づくりした美しいふつうのものを」

大手を広げて私を受け入れてくれたイタリアへの感謝の気持ちも込めて。

そこで「Memories of Italy - イタリアの想い出」というEコマースをこの春に立ち上げます。(4月中旬開設予定)

「Memories of Italy - イタリアの想い出」は、30年以上イタリアに暮らす私が生活のなかで出会った「美しいふつうの日用品」を紹介するコレクションです。

イタリアの生活でふつうに使われてきた美しいものを、

・ものつくりに関わる頑固で優しい人たちの物語

・そのものにまつわる私のイタリアでの物語

とともにご紹介します。

取り扱うのは、手づくりのものばかりです。
イタリアも日本と同様に、たくさんの職人がいます。

まずは、職人たちがものに物語を与え、それを手にした誰かが、その人の物語を重ねていきます。

「Memories of Italy - イタリアの想い出」は、私のイタリアでの日常生活の一片です。

Noteでは、ものにかかわる物語だけでなく、イタリア生活の中での体験やちょっと面白いお話なども書きたいと思っています。

2021年春 吉日

椎名香織

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